組織の中でメンバーが長期的に活躍していくためには、キャリアディベロップメントの視点にもとづいた育成を行うことが有効です。特に、新卒社員や入社間もない若手メンバー向けに実施する新人研修はそのきっかけとなります。
新たな仲間が素早く組織になじむために、どのような価値観や考えを共有すればいいのか。人材が企業に定着するためのオンボーディングとしても有効な仕事観について、紹介したいと思います。
①キャリアディベロップメントとは
キャリアディベロップメントとは、企業ニーズに合う人材の育成と、人材が希望するキャリアの実現、その両立を目指して行われる長期的な能力開発を指します。
人材に対して具体的に行われるのは、現場教育、集合研修、ジョブローテーションなど。様々な手法で人材のキャリア形成を支援するもので、一連の施策はCDP(キャリア・ディベロップメント・プログラム)と呼ばれます。
●キャリア・ディベロップメント・プログラムの一般的なプロセス
▼自分の現在の職業や今後のキャリアについて考える機会を持つ。
▼長期的にどのような仕事やポジションに就きたいかという目標を定める。
▼目標を達成するために必要な知識・スキル・経験を明らかにする。
▼それらを身につけるための学習や研鑽の場を計画する。
上記のようなCDPのプロセスにおいて、新人研修や集合研修は「自分の現在の職業や今後のキャリアについて考える機会」に該当します。キャリアディベロップメントのきっかけとして、まずは社員それぞれが自分自身のことを考える機会を設けることが大切です。
その際、気にかけたいのは、会社として大事にしている考え方や方向性を伝えることです。現場から離れた場所で行う集合研修では、会社との価値観のすり合わせや、メンバー同士の一体感の醸成を目指しましょう。
毎日の仕事とは切り離された環境で価値観の共有を行うことで、日々忙しいなかでは忘れてしまいがちな「なぜ自分はこの仕事をしているのか」、「どんなお客様に囲まれていたいのか」といった思いを改めて確認することができます。
②現場ではスキルを、集合研修では考え方を
キャリアディベロップメント全体の構成のなかには現場研修も含まれています。社員の成長において、現場での教育も重要な要素の1つです。集合研修と比べて異なるのは、現場での学びによって社員が習得を目指すのはスキルや専門知識だという点です。
毎日の担当業務において、新人はより早く高いパフォーマンスを発揮できるようになることが求められます。そのため現場では業務に必要なスキルの習得が優先されます。単純なタスクの反復練習や、先輩の成功事例を勉強するといった訓練を通じて成長していくのです。
●スキルは足し算、考え方は掛け算
スキルの成長は足し算、つまり、経験を積み重ねていくイメージです。一方で集合研修で学ぶ価値観や考え方は方向性に当たるものです。どんなに経験を積んで、高度なスキルを習得しようとしても、組織が目指すゴールを知らなければ正しい進歩はできないでしょう。
スキルにマイナスはありませんが、ビジョンやモチベーションといった考え方にはマイナスがあります。正しい方向を向いていなければ、正しい能力は発揮できないのです。個人の能力は持っているスキルに考え方を掛け算し、成果にあらわれてきます。
言い換えれば、同じ能力を持っている人材でも、考え方がフィットしている組織で働くか、そうではない場所で働くかで、パフォーマンスが変わってくるということです。さらには、仕事のやりがいや日々の充実感にも関わってきます。
だからこそ、キャリアディベロップメントのスタートは考え方や価値観の共有から行うべきなのです。まずは企業が目指す方向性を伝え、共感する人材にスキルを教育していく。そうすることで、新しい人材はその組織で高いパフォーマンスを発揮できるようになります。
③Job/Career/Callingという仕事観について
会社が目指す方向性と個人の実現したいキャリア感をすり合わせていくために、Job/Career/Callingという仕事観を用いる方法があります。 この仕事観は旅人とレンガ職人の逸話を元に、「目の前の仕事が何につながっているか」を意識することが大切なのだとを伝えるものです。逸話の具体的な内容は次のようなものです。
●旅人とレンガ職人の逸話
あるとき旅人が道を歩いていると、道端で何かを作っている3人の職人に出会います。旅人は3人それぞれに「何をしているのですか」と質問しました。すると3人は次のように答えます。
1人目/「レンガを作っています」
2人目/「レンガを作っています。このレンガは大きな建物をつくるために使われます」
3人目/「レンガを作っています。このレンガは教会を建てるために使われます。教会では多くの人が祈りを捧げ、日々の安寧を得ることができるのです」
3人の回答に表れているのは、「自分の仕事をどう捉えているか」ということです。これらは順番に「Job/作業」、「Career/実績」、「Calling/天職(=神に呼ばれて出会った使命)」と言い換えられます。
Job/Career/Callingの仕事観は、目の前の仕事が何につながっているのかを意識することで、仕事に使命感ややりがいを感じられるようになるということを示しています。そして、単純作業や反復業務に取り組む新人社員こそこのような考えを意識すべきなのです。
●日々の仕事の先に何があるのかを意識できるように
たとえば、1件のアポイントを獲得するために繰り返す架電業務や、提案に使うデータをコツコツと収集する作業は、その場面だけを見るとやりがいを感じられるものではないかもしれません。
しかし、成果を積み重ねれば、それは自分が評価される客観的な実績になります。さらに、1件1件の実績の先に共感している自社の価値観や、自分が誇りを抱く製品やサービスを世の中に広めていくイメージが持てれば、仕事に対してやりがいや使命感を抱けるのです。
そのため、新入社員は自社が製品やサービスにどのような思いを込めているか、社会にどのような影響を与えたいと考えて生まれたものなのかを、できるだけ早く学ぶべきです。
とはいえ、社内の各部署で仕事をしていると、このような仕事観について考える余裕は持てない場面も多いでしょう。だからこそまずは新人研修で会社が大事にしている価値観と、その価値観を自分の仕事の先に見据えて働くという考え方を知ることが重要なのです。
④企業と人材の価値観をすり合わせるオンボーディングとして
新人研修のような集合研修は新しい人材が組織に馴染み、活躍するためのオンボーディングとしても有効に機能します。
新人を受け入れるための集合研修は一種の通過儀礼となり、既存メンバーと新人の双方に「この人もあの研修を受けて、会社の価値観に共感している人だ」という認識を生み出します。この共通認識があるだけで、組織の中で新人が異物となることを避けられるのです。
結果として新人の早期離職を防止し、チーム全体で新人を育成していく意識が生まれるきっかけにもなるでしょう。オンボーディングでは、新たに加わった本人がチームに馴染むことはもちろん、上司や同僚に受け入れる姿勢を取らせることもポイントになります。
既存メンバーと新メンバーをできるだけ早い段階で歩み寄らせるために、誰もが通る同じ入り口として、会社の価値観や働き手の意識を変える仕事観に触れる新人研修が大きな役割を果たすのです。
●配属後のケアも含めてオンボーディングへの意識が重要
新人研修をオンボーディングとして活用するのであれば、研修後現場に配属された時に、新人と既存メンバーが同じ価値観を共有していることを確認できるコミュニケーションの場を設けるといいでしょう。
また、配属後のケアとしてはGEPPOのようなコンディション変化を確認するツールを用いる方法もあります。人材を採用して終わりではなく、入社後の活躍を目指すオンボーディングでこそ、新人研修をただの顔見せや歓迎会のような時間にしない意識が大切です。
⑤まとめ
今回はキャリアディベロップメントのきっかけとして、新人研修で会社の価値観や仕事観を伝える重要性について説明しました。企業が考える活躍人材のイメージと、人材が抱く成長イメージは集合研修という機会を設けることで、すり合わせを行うことができます。
企業の事業目標を理解しつつ、なりたい自分のイメージを明確に持つことができれば、社員はその場所で長期的なキャリアを築けるでしょう。具体的な目標を掲げ、自ら考え成長していける人材を育成するために、新人研修は有効なきっかけになります。
次に実施する新人研修では現場ではなかなか時間をとることができない、「会社の価値観や考え方を学ぶ時間」を設けてみてはいかがですか。
<参考文献>
■job/career/callingの考え方について https://www.forbes.com/sites/melodywilding/2018/04/23/do-you-have-a-job-career-or-calling-the-difference-matters/#1e31baae632a
■キャリアディベロップメントの定義 https://jinjibu.jp/keyword/detl/285/
■オンボーディングの定義 https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=101