近年、中途採用を含む新規入社社員に対する施策として、よく使われる言葉である「オンボーディング」。
もとは船や飛行機などに新たな船員・乗務員が乗り込むときのことを表す言葉でしたが、いまでは「新人教育」や「新規入社社員教育」などの意味に転用されています。
多くの企業、そして新規入社社員にとって、「オンボーディング」とはどのようなものなのかを解説します。
企業におけるオンボーディングとは
- オンボーディングの由来・意味とは
企業の人事領域において、トレンドになっているワードの一つに「オンボーディング」があります。
オンボーディング(onboarding)を辞書『Cambridge Dictionary』で引いてみると、「ビジネス」のジャンルに入る単語として掲載されており、「新しく入った社員が組織にとって効果的なメンバーになるために必要な知識とスキルを習得するプロセス」という説明がなされています。
ただし、もともとは「on-board」=船や飛行機に乗っていることを指す単語から派生しており、乗船・搭乗した新規の乗務員に対して適切なサポートを行い、早めに船内・機内の状況と業務に慣れてもらうことを指しました。
新たに加わった乗務員が、なるべく早く業務に慣れて他の乗務員とともに高いパフォーマンスを発揮できるためのサポートを行う、という意味合いを持つことから、先に挙げたようなビジネス用語に転じ、人事の場面で使われることになったというわけです。
- 人事におけるオンボーディングとは
人事の場面におけるオンボーディングとは、企業が新規採用した人材を現場に配置してから、組織の一員として定着を促し、その組織にとっての戦力に成長するまで、継続的に行う一連のプロセスを指します。
入社直後に行う新人教育も、半年後の上長面談も、ランチミーティングや歓迎会などを含む交流イベントも、企業に馴染んで能力を発揮してもらうために行うものであれば、いずれもオンボーディングの一部といえます。
- こんな使われ方もあるオンボーディング
ちなみに、人事領域以外の場面でも、オンボーディングは業界に合わせて派生した意味で使われています。
たとえば、ある企業が、自社サービスの新規ユーザーに対して、使用法や機能などをスムーズに理解できるように支援し、満足度を高めて継続的利用を促すことでユーザーの定着率を上げる、というプロセスもオンボーディングです。
また、サブスクリプション制のサービスを提供することの多いSaaS業界でも、サービスの継続的な契約につながることから、同じくオンボーディングの考え方が業界内で注目を集めています。
SaaS業界では、オンボーディングがスムーズにいくかどうかによってユーザー数が左右され、ひいては事業の成否にも影響するとされています。
本記事では、以降、人事領域の場面におけるオンボーディングについて詳しく解説していきます。
オンボーディングが注目を集める理由
- オンボーディングに注目が集まる理由とは
なぜいまオンボーディングが話題になり、その重要性がクローズアップされているのでしょうか。
その理由として、新入社員の早期離職が挙げられます。
厚生労働省の「雇用動向調査※」によれば、24歳以下の若手は離職率が高く、20~24歳では男性29.1%、女性28.4%、19歳以下では男性38.7%、女性36.2%と、3~4割近い人材が離職しています。
一般的に、新入社員が組織の中で戦力として活躍できるようになるまでに半年~1年は要するとされていますが、新卒含む若手社員の多くが入社して戦力になるかならないかのうちに退職してしまっているのです。
せっかく採用した人材が戦力になる前に退職してしまえば、採用と教育にかけたコストは無駄になり、代わりの人材を採用するコストも発生することになります。
さらに、退職が相次ぐことがあれば、採用しては退職、また採用……を繰り返して人材にかかるコストがかさむばかりという状況に陥り、企業もダメージを負うことになります。
また、即戦力として中途採用した人材でも、企業の文化や雰囲気に馴染めない期間が長ければ、戦力となってパフォーマンスを発揮するまでに時間がかかることにつながりますし、さらに悲惨なケースとしては、パフォーマンスを発揮できないまま退職という事態にもなってしまいます。
この中途入社社員に起きうる状況も、人材にかかるコストの無駄となります。
このような望まれない形での離職、それに伴う採用コスト増、というリスクへの対策として、新規入社社員の定着を目的とした施策であるオンボーディングが注目されているのです。
- オンボーディングの目的、入社後研修やOJTとの違い
オンボーディングは、新規採用した人材すべてを対象とするプロセスであり、新卒社員だけでなく、第二新卒またはキャリア採用した社員も、幹部クラスの中堅社員も、新たに入ってきた人材すべてが対象です。
新規で採用した新卒・中途社員が早期に企業に馴染んで、既存の社員と並ぶ戦力となるまで成長してもらうことを目標としてサポートする仕組みは、オンボーディングが話題になる前から存在しました。
たとえば、一括採用した新卒社員を対象に合宿などで一斉に教育を行う「入社後研修」や、「OJT(On-the-Job Training;社員が実務を通じて担当業務への知識・技術を身に付けること)」、上司や先輩が担当としてついて仕事の助言や指導をしたり精神的なサポートを行ったりする「メンター制度」などです。
それらの施策それぞれをプログラムとしてまとめ、一連のプロセスとしたものが、体系化されたオンボーディングであるといえます。(入社後研修やOJTは、オンボーディングの中の一部、ということです。)
入社後に、担当してもらう業務を一通り説明したら終わり、研修を1回受けてもらったら後はその人次第、ではありません。
オンボーディングの目的は、新規入社社員が業務を覚えて早いうちに戦力として成長し、企業に長く定着してもらうことといえるでしょう。
オンボーディングによって得られる効果とメリット
オンボーディングを行うことは、人事や現場の社員だけでなく、企業経営にもメリットをもたらします。
以下、主な2つのメリットをご紹介します。
- 社員のエンゲージメントや定着率の向上
「エンゲージメント」とは、約束、婚約、契約などの意味を持つ「engagement」から来ているビジネス用語。
社員が企業に対して持つ信頼や愛着、貢献意欲などを指します。
いわゆる「愛社精神」にもつながるもので、エンゲージメントが高い社員は、仕事に対するモチベーションや企業・仕事内容に対する満足度が高く、結果的に企業に対する愛着心が強い状態といえます。
したがって、エンゲージメントが高いと離職率が低くなり、企業と社員の間に信頼関係があることで互いに協力し合う雰囲気が生まれ、経営と業績にも好影響を与えるという考察があります。
一方で、エンゲージメントが低ければ、社員は企業へ愛着を持たず、業務のモチベーションや貢献意欲も低くなり、ひいては企業の経営・業績にも悪影響を与えることになりかねません。
このエンゲージメントの向上を期待できることが、オンボーディングのメリットの一つです。
新規入社社員が組織に溶け込み、組織の中で能力を発揮する戦力になるまで、企業が丁寧かつ継続的なサポートを行うことで、企業への信頼感が育まれます。
また、企業文化や企業活動についても、オンボーディングを通して理解を深め、愛着心を高められれば、エンゲージメントを向上させることにつながります。
- パフォーマンスの向上
オンボーディングを実施するもう一つの目的は、新規入社社員の戦力化です。
能力ある社員が企業に貢献するような存在になれるよう、環境を整えたり、フォローしたりすることもオンボーディングの一部です。
新規入社社員がOJTや交流会、ミーティングなどのオンボーディングを通して、企業のビジョン、所属チームの役割、メンバーの顔触れ……といったことをスムーズに理解できれば、早い時期に能力を発揮しやすくなり、業務も円滑に進むようになります。
新規入社社員が能力を発揮するようになれば、チーム全体のパフォーマンスの向上にもつながります。
また、オンボーディングは全社で横断的に、あるいはチームで横断的に進めていくことになるので、チーム間でもチーム内でもつながりが強化され、社内全体のパフォーマンスを高めることにもつながります。
日数と手間をかけて新規入社社員を育成するオンボーディングは、ともすれば回り道のようにも見えますが、実は効率的で高い効果が見込める企業経営の支援策です。
企業にとってのオンボーディングの意味は、「長期的視点による経営支援策」といえるのかもしれません。
新規入社社員にとってのオンボーディング
- 新規入社社員にとってもありがたい施策であるオンボーディング
新卒採用/中途採用で新しく入社した社員は、面接や入社当日の人事からの説明などを通して企業のことを聞いてはいても、深く理解するまでには及んでいません。
多くの新規入社社員は、自分が所属するチームの中でどのような役割を担うことになるのか、どんなことを期待されているのかがわからず、不安を抱いたままで業務を開始することになります。
そのような不安を抱く新規入社社員と、既存のチームをつなげる役目を持つのがオンボーディングです。
すなわち新規入社社員にとってのオンボーディングとは、入社翌日から始まる教育というだけではなく、企業へのありがたみを感じられる施策にもなり得るのです。
- 人間関係の構築に寄与
採用後の研修やミーティング、交流会などを通して、新規入社社員に自身の役割や期待されていることなどを伝えられれば、企業に対する愛着が高まり、業務のモチベーションにつながることが期待できます。
面談やランチ会などを設ければ、社員の抱える課題や悩みをキャッチアップする機会も増え、解決のための施策も行いやすくなるでしょう。
- ツールを利用してオンボーディングを可視化
採用管理システムやタレントマネジメントシステムなどのHR系ツールを組み込んで社員の状況を可視化することも、オンボーディングにおける有効な施策の一つです。
社員の状況を密なコミュニケーションによって把握しようとしても、人数が多ければ時間を取ることも難しくなりますが、ツールを上手に使うことで多くの人数でも状況を可視化できるようになります。
また、ツールのその他のメリットとして、「本音を引き出しやすい」という点があります。
「話す」のではなく「書く」ことになるため、対面のコミュニケーションでは整理できずに話してもらえなかった本音も、書きながらであれば整理したうえで本音を伝えてくれるかもしれません。
また、ツールの管理者を、人事など上司以外としておけば、上司には言いにくい本音も捕捉しやすくなります。
入社してすぐにうまく立ち回れるとは限らない新規入社社員にとって、オンボーディングを企業が行ってくれることは、単なる入社時研修以上の意味を持ちます。
従来の入社時研修だけでも問題なく受け入れができることはできるかもしれませんが、その人に求められる役割を理解してもらい、周囲の社員が協力し合いながら成長を支援するオンボーディングであれば、人間関係の構築も企業への信頼もより良いものになります。
また、周囲の社員同士も支援で協力し合うことを通して、良い関係性となることが期待できます。
長期にわたって細やかな支援プログラムが整えられているオンボーディングとは、組織全体の安定化と人材の定着を支援するプロセスでもあるのです。
「オンボーディング」の意味は「新規入社社員教育」のみにとどまりません。
新規入社社員・既存社員にとって、また企業にとって、オンボーディングは多様な意味を持つ施策であり、人事にとっては、採用した人材を定着させる/戦力化させるための重要施策という意味を持つものなのです。
旧来の社員教育とは違い、企業やチームが一丸となって新規入社社員のエンゲージメントを高め、定着率とパフォーマンスを向上させることで、企業経営に貢献するオンボーディング。
自社においてもできるところからスタートしてみてはいかがでしょうか。
※厚生労働省「令和2年雇用動向調査結果」
3.性、年齢階級別の入職と離職
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/21-2/dl/kekka_gaiyo-03.pdf
【監修者プロフィール】
吉田 寿
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
指名・人財ガバナンス部 フェロー
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。
富士通人事部門、三菱UFJリサーチ&コンサルティング・プリンシパル、ビジネスコーチ常務取締役チーフHRビジネスオフィサーを経て、2020年10月より現職。
“人”を基軸とした企業変革の視点から、人財マネジメント・システムの再構築や人事制度の抜本的改革などの組織・人財戦略コンサルティングを展開。
中央大学大学院戦略経営研究科客員教授(2008年~2019年)。
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。
主要著書『働き方ネクストへの人事再革新』(日本経済新聞出版)等多数。