近年、「新卒者は3年以内で3割辞める」という状況が続いています。
そうした状況を打破するために、企業としてはどのような対策をとればいいのでしょうか?
早期離職者の離職理由から、傾向と対策を考えてみましょう。
新卒の離職率の計算方法
離職率とは、「ある時点を起点とし、そのとき就労していた人数のうち、一定期間経過後に退職した人の割合」を意味する指標です。
ただし、「一定期間」がどのくらいの期間であるかなど、法律で規定された定義はありません。
また、計算式の分母となる社員数、分子となる社員数などの条件も含め、計算方法は企業によって異なります。
要するにひとくちに離職率といっても、条件や計算方法などである程度数値は変えられるということになります。
- 離職率の計算式
厚生労働省が年2回実施している「雇用動向調査※1」で使用する計算方法は、「離職者数÷1月1日現在の常用労働者数×100(%)」です。
一方、一般的に企業が独自に離職率を算出する際には、「企業ごとに定める一定期間内の離職者数÷起算日の在籍者数×100(%)」で計算することが多いようです。
後者の計算式の場合、起算日の設定によっては、その年度に入社して数カ月で退職した人など、期初までの離職者は計算式に含まれないことになるので、注意が必要です。
- 新卒の離職率の計算式
新卒の離職率についても、法律で決められた計算式はありません。
たとえば、ある年度に入社した新卒社員の離職率を計算してみましょう。
まず、入社日を起算日として設定します。
起算日時点の新卒在籍人数が50人、同年度内に新卒社員が5人退職したとすると、計算式は以下となります。
5人(年度内に離職した新卒社員数)÷50人(入社日に在籍していた新卒社員数)×100(%)=10(%)
よって、この会社の新卒の離職率は、この計算方式で計算すると10%ということになります。
「新卒者は3年以内で3割辞める」という現状
2020年10月に厚生労働省が発表した「新規学卒就職者の離職状況※2」を見ると、大卒新卒者の3年以内の離職率は32.8%、短大などは43.0%となっています。
それぞれ前年より+0.8ポイント、+1.0ポイントと、離職率が上がっているという結果に。
ちなみに、厚生労働省が早期離職者の発表を開始した「学歴別就職後3年以内離職率の推移※3」にて1987年卒以降における離職率の推移を見ると、大卒新卒者の早期離職率がもっとも高かったのは、2004年卒の36.6%。
反対に早期離職率がもっとも低かったのは、1992年卒の23.7%という結果が出ています。
また、2011年以降の大卒新卒者の早期離職率はほぼ32%前後で、横ばい状態が続いています。
- 3年以内で辞める新卒者が多いのはバブル崩壊時から?
先程見たように、早期離職者率がもっとも高かった世代は2004年卒ですが、「新卒社員は3年で辞める」と言われ始めたのは1990年代半ばとされています。
なぜ1990年代に入ってから3年で辞める新卒社員が増えたかというと、大きな要因としてはバブルが崩壊したことが挙げられます。
バブルが大きく影響している1980年代は、終身雇用の時代。
「大企業神話」という言葉が存在したことからもわかるとおり、当時は大企業に入社すれば一生安泰だと思われていた時代でした。
ところが、バブル崩壊後は大企業でも倒産する会社が出てくるようになります。
たとえば都市銀行。
1989年時点 では13行ありましたが、みるみる統合が進みました。
また、山一證券の破綻によって、名の通った大きな会社でも将来が約束されていないのだと考えられるようになり、そこから人材の流動化に拍車がかかります。
さらに現在では少子高齢化が進み、働き手が足りなくなるなど、新たな課題も噴出。
今後、より一層新卒社員の離職を防ぐための対策を講じる必要性が高くなるでしょう。
関連記事:新卒社員の離職率の推移を解説!企業側のリスクや要因と防止策も紹介
離職率の753(シチゴサン)現象とは何か
「離職率の753(シチゴサン)現象」は、最終学歴ごとの就職後3年以内の離職者の割合を表す言葉です。
具体的には、中学卒業者のうち7割、高等学校卒業者のうち5割、大学卒業者のうち3割が、就職後3年以内に離職していることを示しています。
「離職率の753現象」は、内閣府が発表した平成19年度版「青少年の現状と課題」(青年白書)で報告されたことによって、広く知られるようになりました。
新卒の離職率ワースト5位の業種とは
新卒の離職率は、業種によっても大きく変わります。
先程参照した厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況※2」では、業界別の離職率についても触れられています。大卒新卒者の早期離職率が高い産業は以下のとおり。
【大卒就職者の産業別就職後3年以内離職率のうち離職率の高い上位5産業】
1位:宿泊業・飲食サービス業 52.6%
2位:生活関連サービス業・娯楽業 46.2%
3位:教育・学習支援業 45.6%
4位:小売業 39.3%
5位:医療、福祉 38.4%
特に「宿泊業・飲食サービス業」と「小売業」は、前年に比べてそれぞれ2.2ポイント、1.9ポイントも増加しています。
新卒の離職率が高い業界の共通点は、「対人」であるということ。
人を相手にする労働を「感情労働」といいますが、ITが進化しても感情労働従事者のニーズは減ることがありません。
ニーズが高いのはいいことではありますが、人を相手にする仕事はときに心身の負担になってしまうことも。
しかも、「給料が低い」「思うように休暇が取得できない」「労働時間が長い」「働く時間が不規則」といった厳しい労働条件であることが少なくないため、早期離職者が後を絶たないのが現状です。
なぜそうした労働条件が改善されないかというと、人が対応しなければならないために効率化が難しいことが大きな要因です。
さらに、慢性的な人手不足も大きな課題となっています。
「高齢者や女性が活躍できる仕事」ともいわれていますが、それだけでは事足りません。
今後は、AIや外国人の積極的な登用が必要不可欠となってくるでしょう。
企業によっては、治安などの側面から外国人の受け入れを難しいと考えるということもあるかもしれませんが、「人材開国」は日本にとって重要な課題といえます。
新卒社員の離職理由から考える対策とは?
では、新卒者がなぜ離職してしまうのか、その原因から対策を考えていきましょう。
まず、内閣府が発表した「平成30年版 子供・若者白書※4」を見てみます。
- 若者が離職する理由とは?
全国の16歳~29歳の男女を対象にした「就労等に関する若者の意識調査」の結果です。
【初職の離職理由(複数回答)】
1位:仕事が自分に合わなかったため 43.4%
2位:人間関係がよくなかったため 23.7%
3位:労働時間、休日、休暇の条件がよくなかったため 23.4%
4位:賃金がよくなかったため 20.7%
5位:ノルマや責任が重すぎたため 19.1%
6位:自分の技能・能力が活かせなかったため 15.5%
7位:勤務先の会社等に将来性がないと考えたため 15.1%
8位:健康上の理由で勤務先での仕事を続けられなかったため 14.3%
9位:なんとなく嫌になったため 12.7%
10位:結婚、子育てのため 11.7%
1位の「仕事が自分に合わなかったため」は、夢を持って社会に出た新卒社員には特に多い理由かもしれません。
就職活動中に想像していた自分の将来像と現実とのギャップに、嫌気がさすこともあるでしょう。
2位の「人間関係がよくなかったため」に関しては、上司や先輩、同僚とうまくコミュニケーションがとれない、パワハラやセクハラがひどい、などの悩みも考えられます。
3位の「労働時間、休日、休暇の条件がよくなかったため」、4位の「賃金がよくなかったため」については、雇用条件が就業前の本人の理解と異なったというケースも考えられます。
こう考えると、面接時および新入社員研修時などに、就業規則や給与制度に関しての説明をしっかりと行うことで離職を回避できるケースもあると推測できます。
- 新卒社員の離職を防止するにはどんな対策が有効?
上記の離職理由を踏まえて、具体的な対策を考えていきましょう。
新卒社員の早期離職を予防するために有効な対策としては、主に以下の3つが挙げられます。
(1)定期的に「1on1ミーティング」の機会を設け「メンター制度」を導入する
社会に出たばかりの新人であれば、仕事に関する悩み同様、生活上の悩みも抱えやすいでしょう。
仕事がうまくいかないことから、プライベートも引きずられて負のスパイラルに陥るパターンも考えられます。
そのような悪循環が原因で仕事に身が入らなくなり、早期離職を考えるようになることを防ぐために、直属の上司と1対1で話せる面談の機会を定期的に設けることが有効です。
また、上司とは別に相談できる存在として、メンターを設定するのもいいでしょう。
メンターに適しているのは、別部署に所属する入社5年目から7年目程度の社員とされています。
別部署だからこそ、自分の部署の仕事や人間関係の悩みや相談を聞いてもらえるというのも大きなメリット。
さらに、新入社員×メンター×直属の上司の3人でパワーランチを実施することも、離職防止に有効といえます。
(2)キャリアデザインをサポートする
上司から言われたことをただなんとなくこなしているだけでは、仕事へのモチベーションが下がってしまうことも。
しかし、社会人になったばかりの新卒社員にとっては、自らのキャリアデザインを描くこと自体が難しく感じられることもあるでしょう。
そのため、企業側でスキルマップや評価シートを用意して、新卒社員一人ひとりと短期目標や長期目標を決めていく機会を設けるといいでしょう。
仕事のモチベーションを上げて保つためには、最終目標に至るまでに細かな目標を設定し、成功体験やフィードバックの回数を増やすことが大切です。
また、優秀な人材であれば経営幹部に抜擢される可能性があることを提示する「サクセッションプラン」の導入も、モチベーション維持には有効です。
(3)相談窓口を設置するなどメンタルのケアを行う
上司との1on1やメンター制度が用意されていたとしても、誰もが悩みを簡単に打ち明けられるとは限りません。
直属の上司やメンター以外の上司・先輩社員からも、新卒社員に積極的に声をかけてあげることが有効です。
また、社内で不正行為を目撃した際など、悩みの種類によっては誰に言えばいいかわからないということもありえます。
そうしたケースも考慮したうえで、コンプライアンス通報窓口や法律事務所などの外部の相談窓口を設けておくと、客観性も保たれるため社員も相談しやすくなるでしょう。
- 具体的な対策をとる前に、会社の風土を見直すことも大切
上記3点の対策を行う前に、会社の風土自体を見直すことも大切です。
「新卒社員は放っておけば育つ」という考え方の企業は、残念ながら未だに存在するもの。
そうした考え方そのものを変えていけば、取り入れるべき制度などもより具体的に見えてくるでしょう。
いい人材をみすみす辞めさせてしまうのはもったいないということを念頭に置き、採用した新卒社員をしっかりと定着させていきたいものです。
また、優秀な人材に一人でも多く定着してもらうためには、会社として目標を掲げて課題に取り組むことが大切です。
たとえば、新卒社員の離職者の多さを改善することが目標なら、「今年は新卒の離職者をゼロにしよう」という目標を全従業員に対して明示すると、社員の足並みがそろってくるものです。
同時に、外部に対して「新入社員を大事にしている会社である」ことをアピールできるよう、基礎的な教育に力を入れ、研修などを充実させていくことも大切です。
社内の意識改革のために外部サービスを利用するのも一手
企業自ら風土を変えていけるならそれに越したことはありませんが、やり方や考え方を変えるのはなかなか難しいということもあるでしょう。
そうした場合は、社内の意識改革のために外部サービスを利用するのも一手です。
たとえば、コーチングやチームビルディングのために、プロフェッショナルに手を借りてみるのはどうでしょうか?
外からの客観的な目線で至らない点を指摘してもらえば、いち早く改善できるというのも大きなメリットとして考えられます。
もちろん、外部サービスを利用しながらも、会社としてできることはどんどん取り入れていくことが大切。
とりわけ会社の本気度が従業員に伝わりやすい戦法は、「トップが号令をかける」というものです。
これによって、「うちのトップはこんなにも会社のことを考えてくれているのか」「自分も会社の役に立てるようにがんばろう」と考える従業員が増えることが想定されます。
会社に対するロイヤリティや愛着心も育ちやすいので、ぜひ実践してみてはいかがでしょうか?
このような会社全体の取り組みで、「新卒者は3年以内で3割辞める」という現状を打破し、いい人材を育成して企業経営を安定させる第一歩を踏み出しましょう。
※1 厚生労働省「令和2年上半期雇用動向調査結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/21-1/dl/gaikyou.pdf
※2 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(平成29年3月卒業者の状況)を公表します」
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00003.html
※3 厚生労働省「学歴別就職後3年以内離職率の推移」
https://www.mhlw.go.jp/content/11652000/000689482.pdf
※4 内閣府「特集 就労等に関する若者の意識」
https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h30honpen/s0_0.html
【監修者プロフィール】
吉田 寿
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
指名・人財ガバナンス部 フェロー
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。
富士通人事部門、三菱UFJリサーチ&コンサルティング・プリンシパル、ビジネスコーチ常務取締役チーフHRビジネスオフィサーを経て、2020年10月より現職。
“人”を基軸とした企業変革の視点から、人財マネジメント・システムの再構築や人事制度の抜本的改革などの組織・人財戦略コンサルティングを展開。
中央大学大学院戦略経営研究科客員教授(2008年~2019年)。
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。
主要著書『働き方ネクストへの人事再革新』(日本経済新聞出版)等多数。