近年、新卒を中心とした一括採用のみならず、帰国子女や留学生、第二新卒を対象とした通年採用も活発化の一途をたどっています。
併せて、キャリア採用・中途採用などの即戦力人材の採用も活発化するなか、注目を集めているのが、新入社員をいち早く戦力化するための取り組みであるオンボーディングです。
しかし、そうしたさまざまな採用対象者に向け、効果的で効率的なオンボーディングをすべての企業が行えるとは限りません。
一層の効率化を図るためにも、また今以上に無駄なコストを発生させないためにも、ツールの活用が有効です。
オンボーディングプログラムが注目されている
まず、オンボーディングプログラムとは一体どのようなものなのか、また近年注目されている理由について押さえておきましょう。
- オンボーディングプログラムとは
オンボーディングプログラムとは、新卒や中途採用人材が配属され、定着し戦力になるまでを組織として支援する仕組みのこと。
入社直後に集中して行われるオリエンテーションのような単体のプログラムも含め、入社してから戦力化するまでにさまざまな施策を実施し、新入社員の早期離職を防ぐとともに早期戦力化を図るものです。
企業によっては、入社前からオンボーディングプログラムを始めるところもあります。
もともとは、中途採用が多く人材の流動性が高い外資系企業で多く採り入れられた手法でしたが、近年は、新卒採用が中心の日系企業でもオンボーディングプログラムに目を向ける動きが出てきており、新卒中途問わずすべての新入社員を対象として行われています。
- 採用制度の変化とともに注目度がアップ
日系企業では、新卒者の一括採用が中心であった旧来の採用制度から、帰国子女や留学生、第二新卒など、旧来の枠に収まらない人材を対象とした通年採用に変化してきています。
不定期に人材が入社する通年採用では、オリエンテーションや合宿などで同時期に一斉に教育活動を行うことは難しく、個別での対応が必要です。
しかし、不定期に採用する人材を育成するノウハウが少ないために効果的な教育を行うことができず、多額の費用をかけて有能な人材を採用しても、定着して戦力化する前に離職してしまうという結果を招くことにもなり得ます。
このような事情から、企業が新入社員一人ひとりの成長と定着を支援する仕組みであるオンボーディングプログラムは、日系企業においても効果的で効率的な人材育成策として、また課題の解決策として注目を集め、通年採用の多い企業で実際に採り入れられるようになってきたのです。
ちなみに、企業が自社のサービスの新規ユーザー(顧客)を獲得してから継続的な利用を促し定着を図るための仕組みも、オンボーディングプログラムと呼ばれます。
本記事では、企業の社員に対する施策としてのオンボーディングプログラムについて解説を進めます。
オンボーディングプログラムを設計する
オンボーディングプログラムの設計は、一般的には人事担当者が行うことになります。
オンボーディングプログラムは企業の性質や目標などによって異なるため、人事担当者は自社について理解している必要があります。
自社への理解を土台にし、一般的には以下のような流れでオンボーディングプログラムを設計していきます。
- オンボーディングプログラムの設計の流れ
・目標設定
社内においてオンボーディングを行う目的と、目指す地点を定めます。
↓
・問題や課題をもとにした育成プログラム原案の作成
設定した目標と現状を比較し、人材育成上の課題・問題を洗い出します。
洗い出された課題・問題を解決するための過程を探り、プログラムの原案を作成します。
↓
・プログラム実現の可能性や目的に沿った内容であるかの検証
現場の担当者と話し合い、実際の教育現場で実現性のある内容であるか、当初の目的に沿った内容であるかを検証し、必要に応じてプログラムを修正します。
以上が、オンボーディングプログラムを設計する流れです。
その後、実際にオンボーディングプログラムを行い、社員全員で新入社員をフォローします。
実際に行ってうまくいったところ・いかなかったところを検出し、うまくいかなかったところは関係者同士で見直して次回以降の改善点とし、繰り返しながらより良いプログラムに近づけていきます。
- オンボーディングプログラムにおける「5つの壁」とは
新入社員が組織に馴染み成長していく過程で、試練や課題などの壁にぶつかるのは当然のこと。
同様に、人事担当者も良いオンボーディングプログラムをつくり出すまでに「5つの壁」にぶつかるといわれています。
この壁をあらかじめ想定し、乗り越えられるようなオンボーディングプログラムを設計することで、より良い施策を行えるようになるでしょう。
(1)「準備」の壁
チームメンバーや上司、教育担当が誰なのかを知らされないままOJTが進んだり、自席の場所がはっきりせず業務内容もあやふやで質問ができなかったり……。
仮にそんな状況だったとしたら、どれほどすぐれたプログラムを用意しても、新入社員は不安を抱えるだけで本来の能力を発揮できません。
人事担当者と現場の教育担当者が新入社員の受け入れ体制をしっかり整えておけるかどうかによって、新入社員の入社後のパフォーマンスが変わってきます。
新入社員が自身の所属するチーム・組織において、誰に教育指導を受け、わからないことがあるときは誰に聞けば良いのか、入社前にはっきりとさせておく「準備」によって、新入社員は入社直後から組織・チームのなかで良いパフォーマンスを発揮することができます。
そのためには、入社前に人事担当と現場の担当と新入社員との間でコミュニケーションをとり、入社後速やかに現場に馴染めるようにしておく準備が大切です。
(2)「人間関係」の壁
新入社員が社内の人間関係を理解できず、上手に付き合えずに早期退職してしまうケースは少なくありません。
同様に、人事担当者や現場の担当が受け入れる側として社内の人間関係を把握せず関係性の構築を怠っていると、新入社員への適切な支援が困難になってしまいます。
人事担当者や現場の担当は、関連がある他部署との関係性や、ステークホルダーの存在などをしっかり把握しておきましょう。
そしてその人間関係を新入社員に説明しておくことで、新入社員は「自分はこのメンバーと一緒に仕事をしていく」「この業務についてはこの部署の方に事前確認が必要」など、社内の人間関係を知ったうえで業務を遂行できるようになります。
(3)「期待値」の壁
企業側と新入社員側とで、新入社員への期待や所属する組織のミッションなどに対する認識が異なることがあります。
新入社員が思っている仕事のレベルより、現場の担当者が期待しているレベルの方が高いと、新入社員にとっては乗り越えがたい壁になり、短期離職の原因になりかねません。
「期待値」の壁を越えるためには、期待値を事前に合わせておくことが有効です。
ミーティングなどで、互いが互いに抱く期待値を事前にすり合わせておき、大きな隔たりがないことを確認しながらオンボーディングを進めるようにしましょう。
(4)「学び」の壁
新入社員は、企業の社風や事業内容、自身の担当する業務内容はもちろん、業務に必要な知識・スキル、社内施設や備品の使い方、社内規定や価値観など、たくさんのことを学ばなくてはなりません。
組織として情報の整理がされていないためにわからないことが増えたり、聞く人がおらず自分で調べるものの時間がかかり過ぎて結局わからないままだったりといったことが起こると、新入社員は先に進めず、「壁」となってしまいます。
人事担当者と現場の担当者はなるべく早くに、新入社員が学べる/自身でわからないことを調べて解決できる環境を整えなくてはなりません。
たとえば交通費や残業申請などの処理方法をまとめたマニュアルを作成しておく、業務について社内のコミュニケーションツールでいつでも質問ができるシステムを整えておく、といったことが必要です。
(5)「成果」の壁
新入社員は、「業務をきちんとこなせているか」「組織に貢献できているか」など自分の成果を認識できない状態になると、それはすなわち成功体験を得られない状態と同じです。
成功体験が得られないと、自己肯定感が高まらない→行動意欲が高まらない→自発的にチャレンジをしない→成長しない、というループにはまり、成長のスピードも落ちてしまいます。
そのような状況に陥ることを回避し、新入社員の成長がスムーズに促進されるように、人事担当者と現場の担当者は、新入社員の成果を把握し、新入社員が、所属組織から細やかなフィードバックを受けられるような体制をつくりましょう。
目標設定の面でも、初めから大きな目標をたてるのではなく、小さな目標をこまめに設定することで、新入社員はより多くのフィードバックを受けられるようになり、得られる成功体験が増えます。その結果、成長のスピードが上がっていくでしょう。
効果的で効率的なオンボーディングプログラムにするために
ある社内調査では、入社直後からしっかりと準備された環境で適切な教育を受けると、新入社員は3カ月以内に業務でのパフォーマンスが3割上がるという結果が出ています。
また、最初の3カ月で適切な教育が行われない場合は、その後の定着率にも影響するといわれています。
- 肝になるのは「入社後3カ月」
ここでキーワードになるのが、「入社後3カ月」です。
人事担当者と現場の担当者は、新入社員の入社後3カ月の期間を目安に、先に述べた「5つの壁」を乗り越えられるようなプログラムを実施することで、効果的で効率的な施策を行えるようになるといえるでしょう。
逆に、ここで失敗してしまうと新入社員が定着しない事態につながり、オンボーディングプログラムの設計と実施にかけたコストと採用コストが無駄になってしまうことも。
たとえば受け入れ体制の不備、ミッションのすり合わせ不足など、どれか一つでも壁を乗り越えられない場合、新入社員の定着そのものが危うくなるリスクとなります。
なるべく早くに戦力を発揮してもらうため、また定着してもらうためのオンボーディングプログラムは、最初の進め方が肝心といえます。
入社後3カ月に特に注力して、効果的なオンボーディングプログラムとなるようにしましょう。
効果的で効率的なオンボーディングプログラムのためのツール活用
「5つの壁」の乗り越え方や、「入社後3カ月」が大事であることは理解できても、自社の事情に適した効果的なオンボーディングプログラムを作成するためには、やはり時間も手間もかかるもの。
実際に、自社に適したオンボーディングプログラムを構築するためにどうすれば良いのか悩む人事担当者も少なくないかと思います。
そんな人事担当者にとって役立つのが、オンボーディングをサポートするツールです。
現在さまざまなオンボーディングサポートツールが提供されているため、それぞれのツールの特徴やサポートの手厚さなどを考慮に入れるなど、長所・短所を比較検討することで、自社に合うものを探していくと良いでしょう。
なお、ツールには、オンボーディング進行のサポートに加えて、社員研修の進行管理など実務のプロジェクト・タスク管理機能を持つツールもあります。
そのため、場合によっては、一つのオンボーディングサポートツールを導入すれば、社内の他システムの役割を統合できるメリットもありえます。
では、オンボーディングをサポートする代表的なツールの種類について説明します。
- 人材コンサルティング会社が提供するツール
人材採用や社員教育、モチベーション管理など、社内の人事教育に関するコンサルティングを手掛ける会社が提供するツールです。
企業によっては大学の研究者とのコラボレーションによりツールを作成していることも。
社員へのアンケート形式で仕事に関する質問を設定し、社員が個別に回答した内容に基づいて社員の現状や心理状況などを分析し、適切な対応策を提案するといったツールもあります。
- IT企業が作成・提供するツール
社内クラウドサービスをはじめ、主に企業向け業務支援サービスを提供するIT系事業会社がサービスの一環として提供するツールです。
オンボーディングに必要な「目標管理」や「フィードバック」などのプログラムを用意しており、プログラムごとに評価をすることができます。
人事担当者ではなく新入社員が主体になって自身のオンボーディングを進めていくような設計がなされているものもあります。
- プロジェクトマネジメント機能に付随して提供されるツール
プロジェクトマネジメントツールの一部として、オンボーディングサポート機能が付いているツールもあります。
オンボーディングをメインとしてはいないので、オンボーディング単体のサポートツールと比べると使い勝手などの面でやや劣ることがありますが、社内のツールを一元管理しやすいメリットがあります。
自社の特性に合うツールを導入することで、効果的で効率的なオンボーディングが実現しやすくなります。
より良いオンボーディングにするため、オンボーディングサポートツールの導入をぜひ検討してみてください。
【監修者プロフィール】
吉田 寿
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
指名・人財ガバナンス部 フェロー
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。
富士通人事部門、三菱UFJリサーチ&コンサルティング・プリンシパル、ビジネスコーチ常務取締役チーフHRビジネスオフィサーを経て、2020年10月より現職。
“人”を基軸とした企業変革の視点から、人財マネジメント・システムの再構築や人事制度の抜本的改革などの組織・人財戦略コンサルティングを展開。
中央大学大学院戦略経営研究科客員教授(2008年~2019年)。
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。
主要著書『働き方ネクストへの人事再革新』(日本経済新聞出版)等多数。