組織の士気を調査する手法の一つとして知られる「モラールサーベイ」。
従業員の士気を調査することで、組織に潜む課題やその原因を見つけ出すことができます。
調査で組織の士気を把握するだけでもメリットがありますが、最も大切なのは「調査→分析→対策→効果検証」のサイクルを好循環させること。
本記事では、モラールサーベイの概要や実施手順、モラールサーベイを最大活用する方法について解説します。
モラールサーベイとは?
- モラールサーベイは組織の「士気」を調査するもの
モラールサーベイとは、質問調査を用いて組織の士気(やる気)を調査する、調査手法の一つです。
調査は経営・人事・職場環境などに関わる数十~百程度の質問を会社側が用意し、従業員に回答してもらうことで行われます。
回答は基本的に「匿名」で行われ、実施頻度は1年~数年に一度というケースが一般的です。
モラールサーベイでは、調査結果に対してさまざまな角度から分析を行い組織的な課題をあぶり出します。
そしてその課題解決に取り組んでいくことで、組織の士気向上を目指すのです。
場合によっては統計を用いた高度な分析が行われますが、統計を用いる場合、より有用な分析結果を出すためにはある程度の母数が必要となります。
そのため、数十~数百人以上の、比較的大きな組織での調査に適している手法といえるでしょう。
調査の実施方法は「(1)社内で行う」「(2)外部に委託する」の大きく二つに分けられます。
外部に委託するとコストはかかるものの、人事の業務負担を軽減したり、回答者の匿名性が担保されることでより率直な回答が期待できるといったメリットがあります。
- 「モラール」と「モチベーション」の違い
「モラール」と混同しがちな言葉に「モチベーション」があります。
モラールが組織全体のやる気、つまり労働意欲や団結精神を指すのに対し、モチベーションは個人のやる気を指す言葉です。
同じく混同されがちなのが「モラールサーベイ」と「エンゲージメントサーベイ」で、その違いは調査の目的にあります。
モラールサーベイは、組織全体の士気を調査・向上させることを目的にしているのに対し、エンゲージメントサーベイは、従業員の組織に対する愛着心・貢献心や、仕事に対する活力・熱意・没頭度合いを調査することにより、組織と従業員が相互に成長することを目的としています。
- モラールサーベイは国内で1955年頃に登場
国内でモラールサーベイが登場したのは、1955年頃。
一般社団法人日本労務研究会 が、従業員300名以上の企業向けの「NRK方式」と、中小規模向けの「厚生労働省方式」を開発しました。
モラールサーベイのメリット
モラールサーベイでは会社側(サーベイの実施側)と従業員側(サーベイを受ける側)、双方でメリットを享受できます。
具体的には以下のようなメリットが期待できます。
- 会社側のメリット:組織のパフォーマンスを高める
会社側(サーベイの実施側)は、サーベイによって抽出した経営・人事・職場環境などの課題解決に取り組むことで、組織全体のパフォーマンスを高め、離職防止や経営戦略策定などに役立てることができるでしょう。
また、サーベイは従業員が日頃抱えている思いや不満を吐き出す機会となり、「従業員を大切にしてくれている」という、従業員からのポジティブな評価につながる側面もあります。
- 従業員側のメリット:働きやすい環境をつくることができる
一方の従業員側(サーベイを受ける側)にとっては、働きやすい環境づくりに貢献できることが大きなメリットといえるでしょう。
回答者が感じている問題や悩みを会社側に伝えることで、会社が問題を正しく認識して解決に向けて取り組むきっかけをつくることができます。
「使用している機材を新しいものにするべき」といった身近な環境の改善から、時には「給料に満足できない」「経営判断の基準が見えない」のような人事評価や経営方針に関わる大掛かりな組織改革も望めるかもしれません。
モラールサーベイの実施手順
モラールサーベイはどのような手順で進められるのでしょうか。
基本的な実施手順は6つに分けられます。
課題の仮説立て
質問の設定
従業員へ告知(目的の共有)
実施
分析
活用
(1)課題の仮説立て
(2)質問の設定
まずは、組織として対処すべき課題をピックアップします。
そのうえで、「課題の原因は何なのか」仮説を立てましょう。
次に、その仮説を検証するための質問を設定します。
たとえば「高い離職率」という課題に対し、「残業時間の多さ」が原因だと仮定します。
この場合は労働時間に関する質問、「今の労働時間は適正ですか?」などの質問項目を設けることとなります。
組織の課題は、経営・人事・職場の人間関係など多岐にわたります。
調査によって明らかにしたい課題に応じて、適切な質問を設定しなければなりません。
近年では、ハラスメントやメンタルヘルス分野の質問も増える傾向にあるようです。
(3)従業員へ告知(目的の共有)
(4)実施
モラールサーベイの実施目的を従業員に共有したうえで、調査を実施します。
実施目的を事前に告知しておかなければ、従業員にモラールサーベイの重要性を理解してもらえず、回答率が低くなるリスクが高まります。
特に大切なのは、会社だけではなく従業員にもメリットがある調査だと理解してもらうことです。
「職場環境を良くするため」など、目的やメリットを共有しておきましょう。
(5)分析
(6)活用
回収した調査結果を分析し、課題の解決に活用します。
モラールサーベイでは、仕事のやりがいや職場の人間関係、人事評価や経営方針に対する満足度など、組織の士気に関わるさまざまな質問を実施します。
それらの回答結果を組み合わせて分析することで、今組織が抱えている課題は何か、そしてその原因はどこにあるのかをあぶり出します。
課題をあぶり出したら必要な対策を考え、実施します。
その後、ある程度の期間を空けてから再調査をすることで、「今回行った対策が本当に効果的だったのか」を確かめることができます。
そのため調査は一度で終わらず、繰り返し定期的に行うことが望ましいです。
調査結果を踏まえ、新たに対策を実施し、また調査を行う……というサイクルを循環させていくことで継続的に組織を改善していくことができるようになるでしょう。
調査結果や分析結果は必ず従業員にフィードバックしましょう。
フィードバックをしないと「会社が都合の悪い結果を隠しているのではないか?」と不信感につながりかねないからです。
ただし、フィードバックする際は誰がどのように回答したのか特定できないよう、注意が必要です。
モラールサーベイを最大活用する方法
最大活用するには、「調査→分析→対策→効果検証」の好循環を
モラールサーベイを最大活用するには、「調査→分析→対策→効果検証」というサイクルを好循環させることが大切です。
しかし実際には、工数やコストの問題からサイクルを最後まで回せない企業も存在します。
- 分析によって「優先順位」を明確にできる
このサイクルを循環させるうえで、特に見落とされがちなのが「分析」の重要性です。
モラールサーベイを実施すると、調査目的に沿った課題はもちろん、経営・人事・職場環境などにおけるさまざまな課題が抽出されます。
基本的には、これらの課題を経営・人事・職場などのカテゴリに分け、それぞれ対策を検討、実施することになります。
ただし、取り組むべき課題の数が多くなると、「どれから着手すべきか(優先順位)」「解決にどのくらいリソースを割くか(経営資源の配分)」を考えなければなりません。
基本的な分析に加えて「ポートフォリオ分析」を行うと、課題の「優先順位」を明確にすることができます。
- 基本的な分析手法「単純分析とクロス分析」
多くの企業が行っている基本的な分析手法が、「単純分析」と「クロス分析」です。
単純分析とクロス分析について、例を挙げながら簡単に解説します。
(1)単純分析
質問ごとの「回答数」や「回答率」を表す分析です。組織全体の傾向を把握するための最もシンプルな分析手法です。
作成:ヒューマンキャピタルテクノロジー株式会社
→「どちらでもない」が最多。「やや不満がある」「とても不満がある」の割合は少なく、おおむね良好な状態だと読み取れる。
単一の質問だけでなく、複数の質問を集計する場合もあります。
作成:ヒューマンキャピタルテクノロジー株式会社
→仕事の満足度に最も貢献しているのは、福利厚生だとわかる。
一方で就業時間の不満が目立っており、対策が求められる。
(2)クロス分析
単純分析に「男女別」「部門別」などの新たな属性を加えた(クロスした)分析です。
クロス分析は、「男女間の違い」「部門間の違い」など属性ごとの違いを把握するために役立ちます。
作成:ヒューマンキャピタルテクノロジー株式会社
→男女ともに一定の満足度を得られているが、男性の「とても不満がある」が4.8%と高い。
男性の一部が、業務への不満を抱えている可能性がある。
この他にも「年齢別」「勤続年数別」など、分析軸を複数設けることで、単純分析では見えなかった課題をあぶり出すことができます。
- 応用的な分析手法「ポートフォリオ分析」
ここまで紹介した基本的な分析では、課題やその原因が発見できても、それらをどのように優先順位づけして対策をしていけば良いかわかりません。
そこで役立つのがポートフォリオ分析です。
ポートフォリオ分析とは、縦軸に「満足度」と横軸に「重要度」を設定した4象限のグラフで、課題の優先順位を明らかにする分析方法です。
モラールサーベイだけでなく、商品・サービスの顧客満足度の分析などにも用いられます。
下記のグラフでは、仕事の満足度に関係する項目を一例としてまとめました。
作成:ヒューマンキャピタルテクノロジー株式会社
各項目のポジショニングにより「どの課題から取り組むべきか」が明確になります。
(1)右上の象限
満足度も重要度も高い、理想的な項目です。
今の満足度を維持できるよう、配慮しておきましょう。
(2)右下の象限
重要度が高く満足度が低い、早急に改善しなければならない項目です。
優先的に対策を講じましょう。
(3)左上の象限
満足度は高いものの、重要度は低い項目です。
引き続き、維持していくことが大切です。
(4)左下の象限
満足度も重要度も低い項目です。
右下の象限の課題をクリアしてから、取り組みたい項目です。
作成:ヒューマンキャピタルテクノロジー株式会社
ポートフォリオ分析を正確に行うには、一つの調査結果に対して、どんな要因がどの程度影響しているのかを、明らかにする必要があります。
そのためには、それが可能な質問内容の設計をする必要があります。
この質問設計やポートフォリオ分析は、専門的な知識が求められるものであり、場合によっては専門家に依頼するのも一つの方法です。
モラールサーベイの注意点
そもそもモラールサーベイは、従業員の高い回答率や、率直な回答があってこそ効果を発揮します。
そのためには、社員が答えやすい状況をつくることが大切です。
その視点から、特に注意したいポイントを3つ解説します。
- 注意点1:匿名性
会社と従業員との信頼関係は回答率や正確性に影響します。
「回答した内容が、出世や待遇に悪影響を及ぼすのでは?」という懸念をもたれてしまうと、本音で回答しない従業員が出てくるかもしれません。
これでは、モラールサーベイを最大活用することはできないでしょう。
モラールサーベイが匿名で行われること、社内の誰にも個人を特定されないことを伝えるようにしましょう。
もし社内で実施環境をつくるのが難しい場合は、外部に委託するなどして、調査における匿名性を確保する必要があります。
- 注意点2:質問のつくり方
いくら従業員に回答する意欲があっても、質問がわかりにくくては適切な回答は得られません。
短く簡潔で、わかりやすい・答えやすい質問をつくるようにしましょう。
また、ネガティブな質問よりもポジティブな質問の方が答えやすくなるといわれているため、「人間関係に問題がありますか」よりも「人間関係は良好ですか」のような表現で質問をつくるのがポイントです。
さらに質問作成のテクニックとして、「身近な話題から順に聞いていく」という方法があります。
回答結果に大きく影響している要素・要因は、回答者の身近に潜んでいるものです。
そのため、「本人→職場環境→人事→経営」と質問を身近なものから遠くのものへと広げていくと、答えやすくなるでしょう。
- 注意点3:フリーコメントへの対応
モラールサーベイであぶり出されるのは、組織的な課題です。
そのため、課題への対策が現場に実装されるまでには時間がかかることが多いです。
たとえば「人事評価に課題がある」「マネジメントに課題がある」など、対策が制度や異動、人材の育成に関わるような場合、これを行うには時間を要します。
しかし、モラールサーベイの中でも早急な対応を求められるものがあります。
それが「フリーコメント」です。
なぜなら、フリーコメントでは「◯◯さんからセクハラを受けた」「◯◯部が業者と癒着している」など、重要かつ緊急性のある課題が露呈する可能性があるからです。
こうしたトラブルには真摯に、そしてスピーディーに対応することが重要です。
匿名とはいえ、自社内の課題を具体的に回答するというのは、従業員にとって勇気が必要なこと。
きちんと対応することで「会社が真剣に対応してくれている」という信頼感にもつながります。
信頼関係を築くことは今後のサーベイを有効に機能させるうえで大事なことです。
こういった背景から、モラールサーベイは「いいかげんに」実施するのではなく、しっかり事前準備を行い、思わぬ課題が露呈した場合にも、真摯に向き合う姿勢が大切といえます。
モラールサーベイを最大活用するためには、「調査→分析→対策→効果検証」のサイクルを好循環させることが重要です。
その鍵を握る「分析」には、特に重点を置くと良いでしょう。
課題を列挙するだけでなく、課題の優先順位まで見極められるとより効果的です。
人事部門の限られたリソースでサイクルを回すことが難しそうなら、外部のツールを頼ったり、専門家に相談したりしてみてはいかがでしょうか。
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【監修者プロフィール】
吉田 寿
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
指名・人財ガバナンス部 フェロー
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。
富士通人事部門、三菱UFJリサーチ&コンサルティング・プリンシパル、ビジネスコーチ常務取締役チーフHRビジネスオフィサーを経て、2020年10月より現職。
“人”を基軸とした企業変革の視点から、人財マネジメント・システムの再構築や人事制度の抜本的改革などの組織・人財戦略コンサルティングを展開。
中央大学大学院戦略経営研究科客員教授(2008年~2019年)。
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。
主要著書『働き方ネクストへの人事再革新』(日本経済新聞出版)等多数。