労働人口の減少や働き方改革の推進などに伴い、日本でも企業と従業員の関係性に重きを置いた「エンゲージメント経営」が注目されています。
従業員満足度を高めて企業へのロイヤルティを醸成するといった従来の手法とも異なるエンゲージメント経営とは、どのような経営手法なのでしょうか。
この記事では、エンゲージメント経営の概要と実践のポイントについてお伝えします。
企業と従業員、双方向の関係を築く「エンゲージメント経営」
- エンゲージメントに欠かせない前向きな貢献意欲を培う双方向の関係
人材マネジメント分野における「エンゲージメント」は、いわゆる従業員の「組織(会社)や仕事に対する前向きな貢献意欲」のことを意味します。
エンゲージメントのなかでもとりわけ組織(会社)に対する前向きな貢献意欲を「従業員エンゲージメント」、自分の仕事そのものに対する前向きな貢献意欲を「ワークエンゲージメント」と、カテゴリ分けすることもあります。
いずれも従業員にこうした前向きな貢献意欲を培うための考え方として、従来的な上下関係、つまり上意下達を重んじる組織体系ではなく、組織と従業員、上司と部下がパートナーとして対等である、双方向の関係を築くことを重視しています。
- エンゲージメント経営の要は「エンゲージメントを高めること」
従来、日本では、こうした従業員と会社の関係性をはかる指標としては、労働環境や待遇などへの満足度を示す「従業員満足度」や、会社への忠誠心を示す「ロイヤルティ」などがあり、それぞれ調査や分析などが行われていました。
しかし2017年に、それまで一般的にはよく知られていなかった「エンゲージメント」が注目されるきっかけとなるニュースが発表されます。
世界的なエンゲージメントの調査によって、「日本のビジネスパーソンは世界各国と比べてエンゲージメントが低い、つまり会社に愛着がなく、仕事に熱意をもっていない」という調査結果が明らかになったのです。
これはアメリカの大手調査会社であるギャラップ社が、「Q12(キュー・トゥエルブ)」とよばれる12の質問をもとに、全世界139カ国、約1,300万人のビジネスパーソンのエンゲージメント調査を行ったことによって判明したものでした。
日本の「Engaged(エンゲージメントが高い)」といわれる社員の割合は、139カ国中132位と、明らかに下から数えたほうが早いほどでした。
日本企業の関係者は「なぜ日本のビジネスパーソンはこれほどまでにエンゲージメントが低いのか」と愕然とし、それをきっかけに、エンゲージメント調査を定期的に実施する企業が増えていったのです。
もちろんエンゲージメントは、エンゲージメント調査をしてスコアを出すだけでひとりでに上がっていくものではありません。
エンゲージメント調査を行った後には、その結果を分析し、分析結果に沿ってエンゲージメントが高まるような施策を実行していく必要があります。
このように、エンゲージメントを重要指標とし、エンゲージメントを高めることで会社の目標・ビジョンを実現させようとする経営方法のことを、エンゲージメント経営といいます。
エンゲージメント経営は「経営者側の一方的な施策だけ」では成功しない
- エンゲージメント経営において会社と従業員は対等なパートナー
先述のとおり、従来の日本のビジネスモデルはどちらかというと上下関係、上意下達を重んじる組織体系をもとに成り立っていました。
たとえば「がんばって働くことで会社が自分を評価し、よりよい待遇や環境が与えられる」、もしくは「会社にそれなりに貢献していれば、会社が従業員を守ってくれる」といった、いわば中世の武士における「御恩と奉公」のような関係をつくり上げることで、従業員の会社や仕事に対するモチベーションを保ち続けてきたのです。
しかし、組織と個人の関係が劇的に変化している現下の状況においては、このようなモデルには限界があります。
いくら待遇や環境を良くして従業員満足度を高めても、それが業績に寄与するとは限らないからです。
労働人口が減りつつある昨今、働くすべての従業員に対し、一人ひとりのモチベーションや多様な価値観にきめ細かく訴求していくことが課題となってきます。
そのため、組織や仕事に対する従業員の前向きな姿勢や熱意を引き出し、組織パフォーマンスを最大化する取り組みの必要性に迫られているのです。
そこで注目されているのがエンゲージメントです。
エンゲージメントは従来のように「会社が従業員になんらかを与える」ことで高まっていく指標ではありませんが、エンゲージメントを高めることによって、生産性が向上したり、離職の防止につながったりといったメリットも見いだされており、これからの時代のビジネスモデルにもフィットしているといわれています。
ただし、エンゲージメントを高めるには「会社と従業員が目標・ビジョンを共有し、対等なパートナーとしてその実現を目指す」ことが求められますので、特に日本においては先述のような組織体系そのものから見直す必要が出てきます。
- 理想的な組織はリーダーの周りに人が集まる「ネットワーク型」
日本の従来の階層別組織が社長や役員を頂点としたピラミッド型だとしたら、エンゲージメント経営における理想的な組織はネットワーク型ともいえます。
社長や役員を中心として、その周りに上下の別なく、それぞれの役割をもった対等な立場の従業員が集まるイメージです。
たとえるならピラミッド型の組織は会議室のように上席が上座につき、下座には若手がついて雑用をこなすといった形、ネットワーク型の組織はそうしたルールがなく、画面上で皆が同じように扱われるオンライン会議のようなものといえるでしょう。
つまりトップが号令をかけるのではなく、それぞれの立場で組織の現状をきちんと把握して、年齢や経験に関係なくみんなが自由に発言し協力しあえる組織をつくっていくことが大事だといえます。
「エンゲージメント経営」実践の流れ
- 調査・分析・共有・解決策策定・実践を繰り返す
エンゲージメント経営は比較的新しい経営手法ということもあり、実はまだ「確立された」といえるほどのメソッドは登場していないのが現状です。
そのなかでも、比較的よく採用されるごく基本的なエンゲージメント経営の流れをご紹介しましょう。
- エンゲージメント調査/パルス調査を実施
組織と従業員が双方向の関係を築く「エンゲージメント経営」において経営方針を策定するのは、ある意味経営者ではなく従業員だといっても過言ではないでしょう。
このため経営者には、エンゲージメント調査によって従業員の現状をしっかりと把握することが求められます。
具体的な調査としては、半年~1年ごとに総合的な内容を問う「エンゲージメント調査」と、月次、週次などの短いスパンで、脈拍(パルス)を取るように従業員の日ごとの状況を見る「パルス調査」の2種類があります。
エンゲージメント調査は、主として人事施策全体の策定・改善などに活用され、パルス調査は、主として短期でも着手可能な職場改善施策の検討に用いられています。
※エンゲージメント調査の具体的な実施方法については、下記の記事を参考にしてみてください。
- 結果分析・課題共有
エンゲージメント調査の結果(またはパルス調査の結果)は単に集計して終わりではなく、分析や統計の手法をもってスコアを算出し、その結果から自社が抱える課題を洗い出し、社内で共有することが重要です。
ネットワーク組織の形態を実現するためにも、くれぐれも「エンゲージメント調査を行ったものの、結果を見るのは担当者と役員のみ」ということがないようにしたいものです。
- 解決策の策定・実践
課題が明確になったら、具体的な解決策を打ち立て、ガイドラインを示して実践に移していきます。
たとえば組織の硬直化が課題であれば、人事制度の改善を検討する必要がありそうです。
実情に合わない社内規定が課題なのであれば、改定案を募ってもよいでしょう。
そして実践後はやりっぱなしにせず、定期的なエンゲージメント調査やパルス調査を行うとともに、効果測定や課題解決を続けていくことが何より重要です。
- エンゲージメントの向上は健全な経営の「土台」となる
エンゲージメントを高める経営を実践していくことは、会社や従業員に活気をもたらすだけにとどまらず、企業としてのビジョンを実現していくことにもつながります。
エンゲージメントが高い状態は、従業員にビジョンがしっかり共有できている状態を意味し、結果的に自発的にそのビジョンに向かって貢献しようとするわけです。
課題解決の効果も、調査から改善策へと実践を進めていくにつれて、おのずと高まっていくことでしょう。
つまり、エンゲージメントを高めることこそが、従業員が安心して働き、健全な経営を実践するための土台となるのです。
エンゲージメント経営を成功させるポイント
- 経営方針は「エンゲージメント調査」の結果が握っている
先述のとおり、エンゲージメント経営は経営者側の一方的な施策だけではなかなか成功しません。
「どんな会社でもこれをやればエンゲージメントが向上し、業績が改善する」といった秘策はないといっても過言ではありません。
もしあるとしても、それは「従業員の声をしっかりと聞き、的確に分析し、経営方針へ反映させること」に尽きるでしょう。
そのためにも、まずは正確なエンゲージメント調査で自社の状況をつぶさに把握し、それに合わせた方針を立てて実践することが求められます。
- 調査前に仮説を立て、検証のために調査を実施する
「調査」というと「見当のつかないことを聞いて調べる」といったイメージをもたれるかもしれませんが、「エンゲージメント調査」に関しては、むしろ事前にきちんと見当をつけて仮説を立ててから調べることが、調査後に結果を有効に活用するためにも重要です。
たとえば「自社のエンゲージメントが低いのは組織が硬直化しているからかもしれない」「杓子定規な規定が多く、仕事がしにくいのではないか」といった仮説をいくつか立てておき、それを検証するための設問を考えることが効果的です。
- エンゲージメントが低い組織に多い不満例
次に、エンゲージメントが低い組織に多い不満例をご紹介します。
(1)「人事制度に不満がある」
特に評価・査定・考課の基準があいまいであったり、あるいは昇進昇格のルール、キャリアコースになんらかの問題がある場合が多く見られます。
(2)「上司のマネジメントスキルに不満がある」
リーダーシップやコーチング力、部下への指導スキルなどに不足があるケースがこれにあてはまります。
もちろん仮説どおりの結果が出るとは限らず、立てた仮説とはかけ離れた調査結果が出ることもあります。
その場合でも、少なくとも人材マネジメント担当者と従業員の間には、感覚の乖離があるということが証明されたわけですので、そこからしっかりと検証し、よりよいエンゲージメント経営の方針を定めていけばよいのです。
また、仮説に近い結果が得られた場合には、浮き彫りになった課題の解決に向けて対策を講じることで、エンゲージメント経営の実現につながります。
- 調査結果を分析し、課題とその原因を把握し、対策できる環境を
エンゲージメント調査は、たとえば「この質問の回答値が高い(もしくは低い)原因は○○にある」といったように、単純に原因と結果が結びつくような調査ではありません。
エンゲージメント調査においては各設問同士、あるいは回答同士の関係性を分析することが非常に重要であり、設問に対する回答の根底にある共通した要因を分析するために有用なのが「相関分析」とよばれる分析手法です。
この「相関分析」を行うには、まず人材マネジメント担当者には統計や分析を学んでもらう必要があります。
もしくは、統計や分析の知識があるスタッフをアサインする、あるいはコンサルタントなど外部のスペシャリストの力を借りることも選択肢の一つです。
「しっかりとした調査設計」と「調査結果の活用ができる環境」が整ってはじめて、効果的なエンゲージメント調査を行えるのです。
エンゲージメント調査の結果をふまえて対策を講じるところまで考えると、経験豊富な外部のコンサルタントによる監修が受けられると安心です。
今回は「エンゲージメント経営」に注目し、その概要や実践するための流れ、エンゲージメント経営を成功させるポイントについてご紹介しました。
エンゲージメント経営を実践するには、社員のコンディションを把握することが欠かせません。
また調査を行った後のケアと対策の実行も重要です。
このようにして日常的に観察、分析することで、退職を考えている社員の兆候を早期に把握し、有効な対策を行うことも可能になります。
エンゲージメント経営を実践して、モチベーションの高い社員とともに活気あふれる会社を目指しましょう。
【監修者プロフィール】
吉田 寿
HRガバナンス・リーダーズ株式会社
指名・人財ガバナンス部 フェロー
BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。
富士通人事部門、三菱UFJリサーチ&コンサルティング・プリンシパル、ビジネスコーチ常務取締役チーフHRビジネスオフィサーを経て、2020年10月より現職。
“人”を基軸とした企業変革の視点から、人財マネジメント・システムの再構築や人事制度の抜本的改革などの組織・人財戦略コンサルティングを展開。
中央大学大学院戦略経営研究科客員教授(2008年~2019年)。
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。
主要著書『働き方ネクストへの人事再革新』(日本経済新聞出版)等多数。