近年では、業務に起因するメンタルヘルス不調により社員が自殺に至り、企業の安全配慮義務違反や社会的責任(CSR)などが問われ、民事訴訟では高額な賠償命令が出されるケースも増えています。企業は、社員の健康管理を行うだけでなく、リスクマネジメントの観点からも対応が必要となっています。今回は、メンタルヘルス不調を未然に防ぐために、メンタルヘルス不調のSOSサインと不調に至る社員の特徴、対応方法についてご紹介します。
■メンタルヘルス不調による病気
仕事をしていると何かしらのストレスを感じます。そのストレスが強く、長期にわたる場合、メンタルヘルス不調を引き起こします。そして、病気にまでつながることがあります。下記で詳しく見てみましょう。
●ストレスによるメンタルヘルス不調と病気
ストレスを受けることで、イライラしたり、混乱したりして、気持ちが不安定になることがあります。つらくて食欲がない、気持ちが高ぶって眠れないということもあるでしょう。
このような症状があるからといって、すべてがこころの病気というわけではありません。しかしながらこれらの症状が慢性化し、心身がストレスを受け続けていると、メンタルヘルスに悪影響を及ぼし、こころの病気にかかってしまうこともあります。
メンタルヘルス不調となるストレスが職場にどれくらいあるのか、そしてメンタルヘルス不調による病気はどのようなものがあるのか、見ていきましょう。
○職業生活でのストレス状況
厚生労働省「平成29年労働安全衛生調査」によると、仕事や職業生活において強いストレスと感じている事柄がある人の割合は 58.3%でした。約6割の人が強いストレスを感じながら働いているということがうかがえます。
「強いストレス」と感じている内訳は、「仕事の質・量」(62.6%)が最も多く、次いで「仕事の失敗、責任の発生等」(34.8%)、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」(30.6%)となっています。
これらの強いストレスを受け続けると、メンタルヘルス不調を引き起こすことがあります。次に代表的な「こころの病気」について見ていきましょう。
○代表的な「こころの病気」
「うつ病」「統合失調症」という、代表的な「こころの病気」についてご説明します。
・うつ病
「うつ病」は、精神的ストレスや身体的ストレスなどのさまざまな理由から、脳が機能障害を起こしている状態です。そのため、ものの考え方が否定的になり、自分のことを「ダメな人間だ」と思い込んだりしてしまいます。「憂うつな気分」や「気持ちが重い」という抑うつ状態が長い期間続くのが代表的な症状です。
職場では、「午前中は仕事にとりかかる気になれない」「仕事の判断ができない」という状態となります。このような状態であれば、早めに医療機関に相談し、適切な治療と十分な休養をとることが大切です。
・統合失調症
「統合失調症」は、脳のさまざまな働きをまとめることが難しくなり、幻覚や妄想、意欲の低下、感情表現が少なくなるなどの症状が出る病気です。気分や行動に症状が現れるため、病気だと気づかずに接していると、人間関係などに影響を及ぼすことがあります。
発症の原因は不明ですが、仕事や人間関係、就職など人生の転機で感じる緊張やストレスなどがきっかけとなるのでは、と考えられています。また、仕事に就きながら療養することは難しく、比較的長期の休みを必要とします。
仕事のストレスが原因で「こころの病気」を発症したとなれば、社員は治療や休養が必要になります。企業にとってもマイナスです。企業は「労働基準法」や「労働安全衛生法」などの労働関係法令により、社員の健康管理義務を負っています。
強いストレスを抱えているような、メンタルヘルス不調が疑われる社員に気づいた場合は、人事担当者は専門家に相談、社員には軽症のうちに受診をすることを勧めましょう。職場運営の面でも業務内容の調整や見直しなど、企業のメンタルヘルス対策は重要です。
■メンタルヘルス不調のサインと特徴
こころの病気の発症する前には、周りの人でも気づけるサインを発していることがあります。発症を防ぐためにもサインを見逃さず、早期に対応することが大切です。普段とは異なる行動が続いている、生活面で支障が出ているなどがメンタルヘルス不調のサインにあたると言われます。具体的に見てみましょう。
●メンタルヘルス不調のサイン
メンタルヘルス不調の最初のサインは、行動面に現れるといいます。以下のような「普段とは異なる行動」が続くようなら、メンタルヘルスの不調を疑ってみましょう。
<遅刻や早退が多い>
これまできちんと出社していた社員が、少しだけ出社時間に遅れるようになったというのは、メンタルヘルス不調のサインかもしれません。最初は月曜日だけなど決まった曜日だったものが、ほかの日にも遅れるようになり、遅刻する時間も30分、1時間、午前中などと増えてくることがあります。また、体調不良などの理由で早退する日が多くなる場合は、注意が必要です。
<突然の有給休暇、無断欠勤がある>
当日になって突然有給休暇を取ることが増えた場合は、メンタルヘルス不調のサインかもしれません。徐々に休みがちになり、無断欠勤をするようになることがあります。
<仕事のミスや事故が目立つ>
単純なミスをしたり、これまでできていたことができなくなったりしたときも、メンタルヘルス不調を疑ってみてもいいかもしれません。出社しても覇気がなく、仕事の効率が明らかに落ちていて、業務に支障が出ている場合は、話を聞いてみるとよいでしょう。
また、メンタルヘルス不調に陥っている場合、身体面や生活面に影響が出ていることもあります。
- 寝つきが悪く睡眠不足
- 食欲不振
- 頭痛や肩こりがひどい
- 身だしなみに気を使わなくなった
- 気分にムラがあり楽しくない
身体の不調を認めた場合は、病気であることも考えられるので、まず医療機関での検査や診察を受けることを勧めましょう。
普段とは異なる行動に気づいたときには、「調子はどうですか」「困ったことがありますか」など、社員を気遣う言葉をかけてみましょう。
それでも自覚がなく、行動が改善されない場合は、専門家に相談することを勧め、早期の治療開始につなげることが可能となります。
●メンタルヘルス不調に陥りやすい人の気質・性格
仕事でストレスを感じていても、メンタルヘルス不調に陥る人とそうでない人がいます。不調に陥りやすい傾向にある人は、組織内で「真面目な人」「誠実な人」「親切な人」「仕事ができる人」として評価が高く、重要な役割を担う人に多いと言われています。これらの気質や性格は、うつ病を発症しやすいタイプとして3つに分類できます。
○メランコリー親和型気質
ほかの人に対して献身的にサポートし、職場での信頼度の高い人があてはまります。「几帳面、律儀、生真面目」な気質の人です。ルールや命令に従う分融通が利かず、自分の感情を出すことはなくため込みます。また、ルールに従わない人に対してもストレスを感じます。
○循環性格
活動的でユーモアのセンスもあり、職場の潤滑油的な存在の人があてはまります。「社交的、親切、温厚」な気質の人です。一方で、さみしがりな一面をもち、人の顔色を気にして行動してしまうためストレスを感じることがあります。
○執着気質
完璧な仕事を目指し、いわゆる「仕事ができる」と言われる人があてはまります。「仕事熱心、几帳面、責任感、完璧主義」な気質の人です。無理をして自分を追い込み、ストレスに気づかないうちに疲労が蓄積し、急にうつ病になるということがあります。
このようなタイプの社員は、表面的に話を聞くだけではなかなか本音を語りません。仕事ができるからといって、任せすぎたりしていないか再度チェックしてください。上司や人事担当者は、日頃からコミュニケーションをとることを心がけ、勤務時間や業務内容を把握するとともに、メンタルヘルス不調に陥るような状況にないかを確認する必要があります。
■メンタルヘルス不調社員への対応策
メンタルヘルス不調を防ぐ対策をしていたとしても、メンタルヘルス不調に陥ってしまう社員はいるものです。社員がメンタルヘルス不調になってしまった場合、どのような対応策を行えばよいのでしょうか。
●職場環境が原因である場合の対応策
メンタルヘルス不調社員のストレス対策として、職場環境の改善が効果的な場合があります。仕事のしにくさからくるストレスは疲労を増大させ、生産性の低下や事故につながります。職場環境の改善を行いましょう。
〇職場環境改善へのステップ
1.職場環境の評価
はじめに、職場ごとの現状を知ることから始めます。管理監督者による日々の観察、衛生管理者などによる職場巡視、社員からのヒアリングなども参考になります。また、ストレスチェックの分析結果から得られる「仕事のストレス判定図」では、職場単位でのストレスを数値化することができます。
2.環境改善のための組織づくり
現場の責任者に職場環境の評価結果を説明し、改善への協力を依頼します。必要であれば、管理職向けに職場環境等に関する教育研修などを実施することもあります。また、職場環境の改善を行うワーキンググループを組織します。このとき、産業保健スタッフと管理職だけでなく、人事・労務担当者や社員からも代表者を選んで参加してもらいましょう。
3. 改善計画の立案
調査結果や意見をもとに、ストレスの要因となっている問題を具体的にリストアップします。リストアップされた問題に対して、労働者参加型のグループ討議などを行い、改善計画を立てていきます。改善計画の立案を支援するためのツールも開発されていますので、利用するのもよいでしょう。
4. 対策の実施
改善計画に従って対策を実施します。定期的に進捗状況などを確認しましょう。改善計画が社員の負担になっていたりすることもあるので、継続的に経過観察をする必要があります。
5. 改善の効果評価
改善の完了後、その効果を2種類の評価から検証します。
プロセスの評価では、計画通り実施されたか、されていなければ問題は何かを確認します。その際、数値あるいは事例などの質的な情報から評価します。
アウトカムの評価では、目的となる指標が改善したかに注目します。対策の前後でストレス調査の結果や健康診断の情報などを比較します。
改善対策の実施には、産業保健スタッフ、人事・労務担当者、管理監督者と連携し、社員にも協力してもらうことで、職場で何をする必要があるのかがわかり、効果的に改善が行えます。
■会社以外で相談ができる専門機関
メンタルヘルスについて気になることや心配ごとがある場合、会社以外で相談できる外部の窓口をご紹介します。
・全国の精神保健福祉センター
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/mhcenter.html
・夜間休日精神科救急医療機関案内窓口
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/ercenter.html
・日本いのちの電話連盟
https://www.inochinodenwa.org/lifeline.php
このほかにも、会社が加入している健康保険組合でも窓口を用意しています。人事担当者は、社員が話したいこと、気になることがある場合は、このような窓口で相談できるということを周知しておきましょう。
自社に合わせた取り組みで、健康的な会社生活を
メンタルヘルス不調のSOSサインや、メンタルヘルス不調に陥りやすい社員の特徴、企業における対応策についてご紹介しました。社員の要求をしっかりと聞き取り、自社にマッチする取り組みを行い、メンタルヘルス不調になる社員を未然に防いで、健康的な会社生活を送ってもらえるようにしましょう。