2020年に施行された「パワハラ防止法」。
その中でセクハラに関する部分について概要を解説するとともに、セクハラ被害によって労災認定される可能性と会社側のリスクについて見ていきましょう。
また、もしも被害者に訴訟を起こされた場合、会社はどのように対応すべきなのでしょうか?対応方法について解説します。
パワハラ防止法成立でセクハラへの規制も厳しく
- 「パワハラ防止法」は新法ではなく法改正
職場におけるパワーハラスメントの防止を目的とした「パワハラ防止法」。
大企業は2020年6月1日より施行、中小企業は2022年3月31日までを努力義務期間とし、2022年4月1日から施行されています。
「パワハラ防止法」については、以前からまでさまざまな場で報じられてきたことから、耳にしたことがある方は多いかもしれません。
一方、実は新しく定められた法律ではなく、既存の法律「労働施策総合推進法」改正の総称が「パワハラ防止法」であるということは、意外と知られていないようです。
労働施策総合推進法の改正に併せて他の法律も改正されています。
改正された法律の中には男女雇用機会均等法も含まれており、これによって職場におけるセクハラ(セクシュアルハラスメント)への対策も、事業主や労働者に義務付けられることとなりました。
- 「男女雇用機会均等法」に新たに盛り込まれたセクハラ規制
法改正によってセクハラへの取り組みはどう変わるのか、「男女雇用機会均等法」に新たに盛り込まれた内容を見ていきましょう。
(1)セクシュアルハラスメント等に関する国、事業主・労働者の責務の明確化
国はもとより、事業主・労働者もセクハラを行ってはならないことへの理解を深め、言動に注意を払うことが責務であると初めて法に明記されました。
(2)事業主に相談等をした労働者に対する不利益取り扱いの禁止
不利益を被るとなれば、セクハラ相談自体を躊躇することも十分考えられます。
これが禁止されたことで、もし不利益な取り扱いをすれば都道府県労働局から指導・勧告を受けます。
指導・勧告にも従わないとなれば、企業名が公表されます。
(3)自社の労働者が他社の労働者にセクシュアルハラスメントを行った場合の協力対応
会社組織を超えたセクハラ問題の解決策も盛り込まれました。
自社の労働者がセクハラを行った場合、「身内の不祥事」として協力を渋る企業もありますが、協力が努力義務となったため今後は労働局から指導が入る可能性があります。
(4)調停への出頭・意見聴取の対象者の拡大
セクハラ被害者が希望した場合、労働局の紛争調停委員会による調停を受けられます。
この場合、紛争調停委員会が必要を認めれば、職場の同僚などにも参考人として出頭を求めたり、意見聴取が行えるようになりました。
セクハラは労災になり得る!労災が認められるとどうなるか
- セクハラでの健康被害は労働災害として認められることも
セクハラで職場の信頼関係を損ねたり、人材を失ったりするのはそれだけでも大変な損失です。
それに加えて、セクハラ被害者から健康被害などを労働災害(労災)として申告され、会社にさらなる負担が生じるかもしれません。
その場合、以下のような影響が考えられます。
(1)労災申請手続きの負担
・病院に書類を提出、受診させる
セクハラ被害者が労災申請を希望した場合、まず労災指定病院などの医療機関を受診してもらうことになります。
受診にあたっては「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」(労災指定病院の場合)、「療養補償給付たる費用請求書(様式第7号)」(その他の病院の場合)を作成・提出しなければなりません。
医療機関に労災であることを伝え、健康保険証は使わないようにする必要があります。
・労働基準監督署に書類を提出する
労働基準監督署に「労働者死傷病報告(様式第23号)」を提出する必要があります。
(2)労災が認められた場合の負担
・休業3日目までの賃金補償義務
休業4日目からは労災保険で賃金が補償されますが、3日目までは企業が平均賃金の6割以上を補償するよう定められています。
・労災保険の保険料が上がる可能性
メリット制が適用されている事業所では、労災の発生により今後の保険料が上がる可能性があります。
・労働基準監督署の介入を受ける可能性
労災の再発防止、発生率低下のために、労災が発生した企業へ労働基準監督署が立ち入り検査を行うことがあります。
こうした負担を嫌って、企業側が労災申請に必要な手続きを行わなかったり、労働者の労災申請を阻んだりして、労災であることを隠すこともあります。
この事実が明るみになった場合、大きな問題になります。
また、死傷病報告書を提出しないことは労災隠しとなり犯罪行為に当たりますから、発覚すればさらに厳しい処罰を受けることになるのです。
セクハラ労災の認定の要件と基準とは
- 精神障害の労災認定要件に当てはまれば、セクハラも労災認定される
「言葉や態度によるセクハラであれば、身体を直接損なうものではないので労災とは関係ない」とつい考えがちです。
一方、厚生労働省は労働者に発病した精神障害が業務上として労災認定できるかを判断するために、以下の3つの「心理的負荷による精神障害の認定基準」を定めています。
つまり、セクハラによって被害者にストレスがかかり、精神障害などを患った場合は、労災認定される可能性も十分あるのです。
(1)認定基準の対象となる精神障害を発病していること
対象となる精神障害は2022年3月現在「ICD-10(国際疾病分類)第5章 精神および行動の障害」に分類されるものとされています。
該当する精神障害は99種にもおよびますが、業務で発生する可能性がある代表的なものとして「うつ病」「急性ストレス反応」「適応障害」が挙げられています。
(2)精神障害の発病前おおむね6カ月間に、業務による強い心理的負荷が認められること
業務によるセクハラなどの出来事とその後の状況が、労働者にその精神障害を発症させるほど強い心理的負荷を与えたかを要件として評価します。
セクハラのように出来事が繰り返される場合で、発病前6カ月よりさらに前にそれが始まり、発病まで継続していたケースでは、始まった時点からの心理的負荷が評価されます。
(3)業務以外の心理的負荷や個体側要因により精神障害を発症したとは認められないこと
家族との関係など、業務と関係のないプライベートな出来事で心理的負荷がかかって発症したものではないか、もしくは精神障害の既往歴などによって発症したものではないかといったことも、慎重に判断されます。
- セクハラによる「心理的負荷」の具体的な認定基準は
厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」に加えて、セクハラに特化した評価の具体例も示しています。
出典:
厚生労働省「セクシュアルハラスメントによる精神障害の労災認定について」
この具体例によると、まず個々の出来事の心理的負担の程度を「強」「中」「弱」の3段階で評価します。
たとえば「胸や腰などへの身体接触を含むセクハラで、継続して行われた場合」は「強」と認定されています。
身体に触らなければ評価は弱いかというとそうではなく、「身体接触のない性的な発言のみのセクハラで、発言の中に人格を否定するようなものを含み、かつ継続してなされた場合」も「強」と認定されています。
評価は「弱」ではありますが、「職場内に水着姿の女性のポスターなどを掲示する」という、人によってはセクハラと認識してすらいないと思われる行為であっても、やはり評価の対象なのです。
そして、これら評価の総合認定が「強」であれば、「業務による強い心理的負荷」として認められます。
セクハラの相談はどのように取り扱うべきか
- 相談の有無にかかわらずあらかじめやっておくべきこと
(1)社内のハラスメント相談体制が整っているかを確かめる
厚生労働大臣が示した指針では、職場におけるハラスメント防止のために「事業主が雇用管理上講ずべき措置」として
・相談、苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備すること
・相談があった場合、事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者および行為者に対して適正に対処するとともに、再発防止に向けた措置を講ずること
が挙げられています。つまり、ハラスメントに関する相談窓口を設けることや、相談に応じて適正な措置を取ることは、事業主の義務なのです。
まずは、社内にハラスメントに関する相談窓口が設けられているかを確認し、なかった場合は、整備に向けた取り組みを始めましょう。
- セクハラ相談を受けた際の対応はどうする?
(1)関係者のプライバシーに配慮しつつ、事実関係を迅速に確認する
セクハラ相談は、「セクハラが発生したか事実確認ができていない」状態から始まります。
相談者(被害者)はもちろん、協力者や、行為者(加害が疑われる人)のプライバシーも守る配慮が必要です。
相談者の話を聞き、訴えている内容が整理できたら、相談者の了解を得たうえで別途に行為者の話も聞き、迅速に事実確認を行いましょう。
相談者に寄り添うことも重要ですが、行為者についてもまずは加害者と決めつけず、中立な立場を取ることが重要です。
両者の話に食い違いがある、出来事の目撃者がいるなど、場合によって同僚からも協力者として話を聞くようにします。
(2)相談者と行為者を引き離す
セクハラの事実確認調査をしたり、措置を検討したりしている間にも、相談者は引き続きセクハラを受けるかもしれません。
また、相談に気づいた行為者から報復を受けたり、相談を取り下げるよう迫られたりする可能性もあります。
必要であれば配置転換などで、早期に相談者と行為者を引き離すよう配慮します。
(3)相談の記録や証拠をしっかり取る
セクハラなどのハラスメント相談では、現場での録音データやメール記録など「ハラスメントの証拠」を保全することに目が向きがちです。
確かにそれも重要ですが、相談を受ける側としては、事前に了解を取って相談の会話を録音する、文書で相談の内容をまとめる、複数名で対応するなど、相談自体の記録や証拠もまた、しっかり取るように心がけましょう。
あまり考えたくないことですが、相談者が職場の相談窓口の対応に不満を持った場合、職場を被告として責任を問う訴訟を起こすこともあります。
こういった場合に「相談に対して担当者が適切に対応した」という記録があることはとても重要なのです。
(4)当事者への措置やケアに加えて必ず防止策も講じる
事実確認の結果、セクハラがあったと認められる場合は、就業規則やハラスメント防止規程等の規定により加害者(行為者)の処分や再発防止のためのフォローを検討・実施し、また相談者や協力者へのケアも行います。
併せて、行為者について、意識改善のためのカウンセリングが必要です。また、行為者についてもケアが必要な場合もあります。
ただし、ここまで対応ができたからといって、これで一件落着ではありません。
セクハラ対策は個人間の問題ではなく、組織の問題として捉え、取り組みを続けることが欠かせないのです。
職場の環境や制度、企業風土などに問題はなかったかといったことをつぶさに検討し、再発防止策をまとめ、対策の実施と定期的な見直しをスケジュール化しましょう。
事実確認の結果、セクハラの事実がなかったという場合でも、これを好機と捉え、予防対策に取り組みたいところです。
【監修者プロフィール】
山本喜一
社会保険労務士法人日本人事 代表
特定社会保険労務士
精神保健福祉士
大学院修了後、経済産業省所管の財団法人で、技術職として勤務、産業技術総合研究所との共同研究にも携わる。その後、法務部門の業務や労働組合役員も経験。退職後、社会保険労務士法人日本人事を設立。社外取締役として上場も経験。上場支援、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。
著書に『補訂版 労務管理の原則と例外-働き方改革関連法対応-』(新日本法規)、『労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務』(日本法令)、『企業のうつ病対策ハンドブック』(信山社)。他、メディアでの執筆多数。