デジタル技術を用いて企業の業務内容を効率化し、組織や企業文化を変革していくDX。このDXはさまざまな領域で活用されており、人事分野もそのうちのひとつです。しかし、人事DXを積極的に推進している日本企業はまだまだ少ないとされています。
人事DXを推進することで、企業や組織は一体どのようなメリットを感じられるのでしょうか。当記事では人事DXの内容から導入するメリット、また日本企業における成功事例までを紹介します。
目次
- 人事DXとは?
HRテックとの違い - 人事DXで実現できること
人事データの蓄積や分析
人材マネジメント(ピープルアナリティクス)
採用の効率化
戦略人事の実行 - 人事DXを推進するメリット
社内の業務効率化につながる
戦略的な人材配置の実現
データの蓄積により高度なマネジメントができる
リアルタイムでのデータアクセスができる
従業員エクスペリエンスの向上
柔軟な働き方が実現される - 人事DXにおける課題
DX人材の不足
データの収集・集約が困難
社内への周知が不十分
システムやアプリケーションの適切な選定が必要
コストがかかる - 人事DXの進め方
1.人事DXを推進する担当者に求められるスキルを把握する
2.目的の設定
3.現状分析と課題設定
4.テクノロジーの決定
5.データ移行とシステムの統合
6.人事業務プロセスの再設計
7.研修と導入後の評価 - 人事DXを進める際のポイント
目的や目標を明確化する
トップマネジメントも人事DXに巻き込む
社員へ適切なトレーニングを実施する
サーベイツールを活用して社員の声を施策へ反映させる - まとめ
人事DXとは?
人事DXとは、人事領域の業務においてデジタル技術を活用し、業務効率化やパフォーマンスの向上を実現することです。
たとえば、給与計算システムや勤怠管理システムなどを導入することで人事業務の一部が自動化されるため、社員の負担を軽減できます。また、エンゲージメントサーベイシステムを導入すれば、社員のパフォーマンス向上が期待できます。
HRテックとの違い
人事DXに似たものとしてHRテックがあります。HRテックとはAIにとどまらず、ソーシャルメディア、アナリティクス、モバイルなどの最先端技術を従来の人材管理システムに組み込み、人事部門の業務に変革をもたらす技術のことです。
人事DXはツールの導入を超えた、より発展的な自社の変革を目指すのに対し、HRテックは主に、人事業務の効率化を目指したITテクノロジーの活用を指します。
人事DXで実現できること
人事DXでは具体的にどのようなことができるのでしょうか。デジタル技術が活用されることによるデータの活用や業務の効率化、戦略的な人材管理など企業にとってポジティブな側面が多くあります。
ここからは、人事DXで実現できることについて解説します。
人事データの蓄積や分析
人事データの蓄積により自社での現在の状況や課題を可視化し、データ分析をおこなうことで効果的な施策を打ち出しやすくなります。また、膨大なデータも一元化できるため、データを管理する手間も最小限に抑えられます。
これにより、データに基づいた運用がなされ、見えにくい定性的な課題も可視化されるため、人事領域の業務が的確かつより戦略的なものになることが期待できるでしょう。
人材マネジメント(ピープルアナリティクス)
ピープルアナリティクスとは、HRテックを使い個人や組織の人事データを収集して分析をおこなう手法です。主に問題解決や意思決定に役立てるアプローチを指し、人材マネジメント以外にも採用や配属、育成という場面においても活用されます。
ピープルアナリティクスでは自社が求める人物像の条件や基準を明らかにできます。採用活動で候補者のデータと照らし合わせることで、採用のミスマッチを防ぎやすくなります。また、社員の人事配置や育成にも役立てられます。
これにより、社員にとっても自社に対する信頼度向上につながりやすく、離職率の低下などにも寄与するでしょう。
採用の効率化
採用活動では日程調整や採用スケジュールの管理など数々の煩雑な作業があります。システムを使用することで、これらの作業負担が軽減されます。ほかにもリマインド機能で応募者とのアポイント管理ができるため、アナログなスケジュール管理で発生しがちな、うっかり予定を忘れる、ダブルブッキングするといった事態を防ぎやすくなります。
また、採用に携わる担当者が変わった際の引継ぎもスムーズになり、採用する人材の基準がブレることもないため、企業の継続的な成長も促されます。
戦略人事の実行
これまでは。熟練者や経営層の長年の経験による勘に頼った意思決定がおこなわれるケースも少なくありませんでした。しかし、同業他社間の競争が激化し、さらに不測の事態が生じやすい昨今では、勘に頼った意思決定だけではうまくいかないケースも増えてきています。
データに基づいた意思決定の積み上げにより、正確性が高い意思決定をおこないやすくなります。それによって採用や人材配置のアセットも蓄積され、より戦略的に人材管理をできるようになるでしょう。
人事DXを推進するメリット
人事DXを推進すれば、結果的に組織の成長や生産性の向上に役立ちます。ここからは、人事DXを推進する具体的なメリットについて解説します。
社内の業務効率化につながる
人事DXの推進は、人事領域において主に以下の業務の効率化を期待できます。
- 採用
- 人材育成
- 異動配置
- 人事評価
これらの業務を効率化できれば、担当者の残業時間の削減につながり、働き方改革を実現できる可能性が高まります。また、業務の効率化だけでなく、デジタル化によってヒューマンエラーも抑制できるので、生産性の向上も期待できます。
戦略的な人材配置の実現
全社員のスキルや特性、経歴などのデータを集約し、それぞれの特徴を可視化できれば、適切な人事配置を実現できます。
社員のスキルや能力が最大限に発揮される人材配置にすることで、多くの社員に高いパフォーマンスを発揮してもらえる可能性が高まります。最終的には生産性だけでなく、商品やサービスの質の向上も実現できるでしょう。
データの蓄積により高度なマネジメントができる
データに基づいて社員をマネジメントすることで、より効果的な人材育成をおこなえます。また、今後の人事計画や課題解決につなげるのも可能です。
また、早期離職した人材の理由や特徴などをデータとして蓄積していけば、定着率アップのための施策やミスマッチの人材の採用回避などにも役立ちます。
リアルタイムでのデータアクセスができる
データの追加や更新をシステム上でおこなえば、会議や意思決定の場面では常に最新のデータを踏まえた検討ができます。
たとえば、採用や人材配置においてはオンボーディングのデータを活用する場面があるでしょう。リアルタイムのデータを活用すれば状況の変化を把握しやすく、タイムリーかつ的確な判断が可能です。
従業員エクスペリエンスの向上
社員の業務パフォーマンスが高まれば、エクスペリエンスの向上も期待できます。
従業員エクスペリエンスが高まれば、社員の自社に対する帰属意識もアップするため、定着率の向上につながります。
特に近年では、慢性的な人手不足に加えて、少子高齢化により労働人口の減少から求人を出しても応募者が集まらないケースも少なくありません。
そのため、採用は多くの企業にとって重要な課題であり、既存社員の離職を防ぐことは企業を長期的に存続させるうえで重要です。
柔軟な働き方が実現される
人事DXの推進により、リモートワークの環境整備や既存業務の効率化ができれば、社員にとって柔軟な働き方を実現できます。
たとえば、人事に関する情報をシステム上で確認できるようになれば、リモートワークの頻度をこれまで以上に増やせるかもしれません。柔軟な働き方は、定着率の向上にもつながるため、人手不足の課題を解消できる可能性があります。
人事DXにおける課題
人事DXには多くのメリットがある一方、どの企業でも簡単に導入できるものではありません。専門的な人材の不足や、コストの発生などの課題があることも事実です。
導入前に人事DXの課題を理解しておき、スムーズに運用できるような準備をしておく必要があります。
DX人材の不足
人事DXの推進には専門の人材が必要になります。しかし、国内でDX人材の不足が深刻化しており、採用活動をおこなったところで人材が集まるとは限らない状況です。
出典:総務省「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究」
総務省の調査によると、DXを取り組むうえでの課題に関する質問で、大企業、中小企業に関わらず、人材の不足が一番の課題として挙げられています。
DXの推進は、単にIT技術に精通しておけば良いというわけではなく、自社の経営戦略からその目的を明確化し、展開する部署の現状把握を正しくおこなったうえで、多くの関係者と適切なコミュニケーションを図りながら進めなければなりません。
非常に高度かつ社内を横断できるスキルが必要となるため、適した人材が少ない傾向にあります。
また、既存社員のITリテラシーの不足なども人材不足の問題として取り上げられます。
たとえば、システムを導入したとしても既存社員だけでは使いこなせず、システムの化石化が懸念されるケースも少なくありません。
自社でDX人材を育成するにも手間や時間を要するため、人事DXの推進に消極的な企業も多いのが現状です。
データの収集・集約が困難
部署や経歴などが入った社員のデータは、ひとつのファイルにまとまっているとは限りません。データの収集・集約に手間や時間がかかることから人事DXに踏み切れない企業もあるでしょう。
人事DXを推進するにあたってデータの収集・集約をおこなうには、社員を新たに雇い入れたり、既存社員がコア業務の合間に作業をおこなったりする必要があるため、なかなか進まないケースも少なくありません。
社内への周知が不十分
人事DXは人事担当者や経営層だけの問題ではなく、全社員にかかわることです。現場で働く社員がシステムを使うシーンも考えられるほか、従来の業務に変更点が生じる可能性もあります。
アナログ思考の社員が多い企業では、社員から反対の声が挙がるケースも珍しくありません。社員に人事DXの推進についてきちんと周知し、理解を得る必要があります。
システムやアプリケーションの適切な選定が必要
人事DX向けのシステムやアプリケーションは、さまざまな製品があります。それぞれ料金や機能などが大きく異なるため、自社にベストな製品を選定しなければなりません。
システムの選定には、人事領域にかかわる社員に一定以上DXの知識が求められます。また、既存システムとの互換性の観点から、システムやアプリケーションに関する知識も必要です。
コストがかかる
DXシステムの導入にはコストがかかります。DXに興味があるものの、コスト面でDX化に踏み切れない企業も少なくありません。
また、コストに見合った効果を必ず得られるという保証はないため、コストと予想される効果のバランスについてしっかりと考えておく必要があります。
人事DXの進め方
人事DXの進め方には定まった手順はないものの、成功するためにはある程度一般化されている手順に従って進めていくことが大切です。
とはいえ、人事DXをこれから進めていきたいと考えている方の中にはどのように進めていくべきなのか分からないという方も多いのではないでしょうか。
ここからは、効果的な人事DXを進めるための手順について解説します。
1.人事DXを推進する担当者に求められるスキルを把握する
人事DXを推進する人事担当者には、デジタルリテラシーをはじめ、データ分析能力や人事領域で使用されるテクノロジーに対する理解、戦略的思考や法務知識など、さまざまな知識やスキルが求められます。
すべてを兼ね備えている人材は限られているため、それぞれのスキルを持つ人材を集めると効率的です。また、デジタルリテラシーなどは社内研修を行うなどしてスキルを身に付けてもらえるでしょう。
2.目的の設定
人事部門においてDXを推進するにあたって、まずは目的を明確にしておきます。
目的が分からない状態でDXを推進しても、最終的に何をおこない、どのような成果を得られたのか分からない状態になります。
たとえば、企業が人事DXを導入する目的として、以下の例が挙げられるでしょう。
- 各社員を個々の能力が最大限に発揮できるポジションに配置したい
- 自社に合った人材を採用したい
- 業務を自動化し、社員の負担を軽減したい
- 客観的で、平等な人事評価をしたい
人事DXを推進する目的は担当者だけで設定するのではなく、経営層や現場、事業部門などと共有する必要があります。DXで成功するには社内の一部の人たちだけで進めるのではなく、自社全体で取り組むことが前提になります。
目的の設定では費用対効果や定量的なKPIを定め、中長期的な取り組みとするのがおすすめです。
3.現状分析と課題設定
現状分析と課題設定は、自社全体レベルと実務レベルそれぞれの観点からおこないます。
このときに、誰がどのシステムを利用しているかのチェックと、業務の偏りの発見やシステム連携の見直しにつなげていくことが可能です。
自社の現状を把握する場合、以下の手法を活用すると効果的です。
- BPMN(ビジネスプロセスモデリング表記法)…業務プロセスをモデル化して可視化で課題を明らかにできるフローチャート
- バリューチェーン分析…業務工数の細分化により各工程の付加価値を分析できるフレームワーク
また、現状分析や課題を洗い出すにあたって、現場で働く社員の声に耳を傾けることも忘れないようにしましょう。現場で日々の業務に勤しむ社員だからこそ知っている自社の課題や問題点もあります。
4.テクノロジーの決定
人事領域は幅広いため、DX化ですべての課題を解決するのは難しくコストもかかります。
人事DXでは洗い出した課題に優先順位を付け、それぞれのITリテラシーやレベルに合ったテクノロジーを導入していきましょう。
その後、タレントマネジメントシステムや評価システムといったDX推進に必要なITツールを決定します。ツールによって料金やオプション機能などが異なるため、複数の製品を比較しながら検討するのがおすすめです。
5.データ移行とシステムの統合
テクノロジーの決定後、業務フローの見直しを行い、データを移行していきます。このとき、必要な箇所にシステムを統合していきます。
人事DXの推進においてツールに応じて既存の業務フローも変更することが大切です。既存の業務を変えない前提でツールを探すと、自社に合う製品に出会えない可能性があるため注意しなくてはなりません。
6.人事業務プロセスの再設計
システムの統合後、人事業務をどのようにして効率化していくかを検討していきます。
テクノロジーの導入により、これまでの業務の流れや人員配置において変更が必要な部分も出てくるでしょう。
特に日々の業務の大部分を占めるコア業務の見直し・改革は、人事DX推進において鍵となる部分です。人事制度の設計、採用計画の立案、人事戦略の策定、人事面談の拡充など、人間が行う業務を中心に見直していきましょう。
7.研修と導入後の評価
成果を出すためには全社員がDXの重要性を理解し、改革に取り組むことが不可欠と言えます。
システムを導入し、自社の今後の在り方が定まったら研修を実施し、社員に情報とシステムの使い方を共有します。導入後は評価とフィードバックを繰り返しながら、目標達成に少しずつ近づけていきます。
導入後すぐに効果を実感できなくても、PDCAサイクルを回して改善していくことで、目標を最終的に達成できるでしょう。
人事DXを進める際のポイント
人事DXを推進していくからには高い成果を得たいものです。人事DXをおこなうにあたってポイントを押さえると、人事DX導入のメリットを最大限に引き出すことができます。
ここからは、人事DXを進める際のポイントについて解説します。
目的や目標を明確化する
目的や目標があいまいな状態でシステムを導入したとしても、システムをどのように活用していくべきなのかわからないでしょう。
また、システムの導入をきっかけにして新たな取り組みを実施したとしても、それが自社にとって本当に必要なものか、どのような成果を得られたのかが曖昧になってしまう可能性があります。
目標を明確化しておくことで自社にとって必要な施策を実施したり、自社にとってベストなシステムを導入できたりします。
最終的に、自社の利益率アップや人材の定着など大きな成果を得られるでしょう。
トップマネジメントも人事DXに巻き込む
人事DXを推進するにあたっては、人事部やDXの担当者だけが参画するのではなく、トップ層を巻き込むと、より高い成果を得やすくなります。
自社のトップマネジメントを巻き込むことで、ビジョンに一致した戦略の実施や、社内共有がしやすくなります。
社員へ適切なトレーニングを実施する
システムの導入を社員に伝えても、社員が使い方を知らなければ、適切な運用ができません。
システムの導入後は、社員に対してシステムの利用方法などに関するトレーニングを実施することで、人事DXを自分ごととして捉えられるようになり、社員間で起こりうる理解度の格差をなくせるでしょう。
サーベイツールを活用して社員の声を施策へ反映させる
人事DXを進めていくには、実際に現場で仕事をしている社員からの意見を集めるのが重要です。サーベイツールの活用によって効率的に現場の状況をリアルタイムで把握できます。
サーベイの結果をもとに、課題を可視化し、従業員の声を取り入れた具体的な改善施策を人事DXにも反映させていくと、より効果的です。
まとめ
少子高齢化による労働人口の減少により、多くの企業が求人を出しても応募者が集まらないのが現状です。そうしたなかで、人事部門にもITやデジタルを導入するなど、デジタルの手を借りてマネジメントや課題抽出などをおこなう重要性が高まっています。
また、現代社会においてビジネスを取り巻く環境は著しく変化しています。企業は厳しい競争に勝ち続けるためにも人材力を強化することが重要です。
人事DXを導入すれば、データが可視化できるため、従業員を最適な場所に配置して、それぞれのスキルやマインドを最大限発揮しやすくなります。また、採用活動においても自社に適した人材を採用担当者の直観や相性ではなく、データに基づいて選択できます。
人事DXの推進にあたっては、人材、組織のコンディションや課題の適切な把握が第一歩といえるでしょう。その際にはサーベイツールの活用が有効です。
【監修者プロフィール】
木下 洋平
合同会社ミライオン
株式会社リクルートや教育研修会社での勤務後、現在は独立した専門家として活動。
キャリアコンサルタント資格を取得し、400人以上の個人のキャリア開発をサポート。
また、企業向けの人材育成・組織開発コンサルティングも手掛けており、個人と組織の両面での支援を行っている。