厚生労働省「平成 28 年度職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の結果によると、従業員向けの相談窓口で相談されたテーマのうち「パワーハラスメント」が32.4%で最も多いことがわかります。そして、過去3年間で1件以上のパワハラの相談を受けた企業は36.3%、また過去3年間にパワハラを受けたことがある従業員は、32.5%でした。
職場におけるパワハラに注目が高まるなか、パワハラ防止や早期発見に必要なチェックポイントと伴う対応策を詳しくご紹介します。
■パワハラの事前のチェックと対応策が重要な理由
厚生労働省「あかるい職場の応援団」では、パワハラについて次のように定義しています。
「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいいます。」
また「パワハラ」にはさまざまな種類があり、同省ではパワハラを次の6類型で説明しています。
- 身体的な攻撃:(例)叩く、殴る、蹴る
- 精神的な攻撃:(例)社員の前で叱責される、執拗に叱る
- 人間関係からの切り離し:(例)1人だけ別室に席をうつされる、強制的に自宅待機を命じられる
- 過大な要求:(例)未経験の仕事を大量に押し付ける
- 過小な要求:(例)運転手なのに草むしりだけ命じられる
- 個の侵害:(例)妻に対する悪口を言われる
上記のような職場でのパワハラ行為には、いずれも「被害者」「加害者」「雇用主」の3面関係があります。職場におけるパワハラなので、雇用主は被害者からも加害者からも損害賠償請求を受ける可能性があります。社会的認知の獲得を背景に、パワハラに関する判例も増加しているため、放置しておくと企業はダメージをうける可能性があります。
判例から雇用主が直面するリスクを確認してみましょう。
●事案概要1
(東京高判 平成23年8月31日)
原告は自社のコンプライアンス室に上司の不正行為を通報したところ、3度にわたり不当な配転命令を受けたほか、配転先でパワハラを受けたとして、上司及び雇用主に対して配転命令の無効や慰謝料を求め提訴。
判決結論
配転命令は無効であるほか、パワハラも違法と認定。被告会社及び被告上司に対して原告の損害として200万円、弁護士費用20万円の合計220万円の損賠賠償命令。
パワハラ行為により損害賠償の命令が下りました。また、裁判を通しパワハラが継続的に発生した状況が判明しました。被害者の人権が侵害されたほか、企業のコンプライアンス体制に不備があったことまで明るみとなったのです。これにより、企業の評判は著しく低下した可能性があります。
●事案概要2
(東京地判 平成23年7月26日)
原告は部下に対して行ったパワハラや無断欠勤により懲戒解雇されたが、雇用主を相手取り解雇無効や残業代の未払い賃金支払い等を訴えた。
判決結論
懲戒解雇は合理的な理由があり有効とされたが、原告の時間外労働は会社の業務命令に基づくものと認め、残業代などの賃金支払請求については一部容認。
この事例では、雇用主は訴訟にかかる費用負担が発生しました。また、懲戒解雇は有効と認定されましたが、会社の対応によっては懲戒解雇が無効と認定されることもあり得ます。その場合、懲戒解雇以降の賃金等の支払が命じられることもあります。
パワハラが発生した場合、雇用主は被害者への対応に注力するのはもちろん、加害者への対応にも細心の注意を払う必要があり、相当な負担がかかります。そこで、パワハラを「発生させないためのチェック体制」と「発生後の対応策」の整備が重要となるのです。
■今すぐできるパワハラチェック
●パワハラチェックの具体的内容
厚生労働省では職場でのパワハラに悩んでいる人に向けにパワハラのチェック項目を提示しています。
「あかるい職場応援団」のHPでも、今すぐ簡単にチェックができます。「これはパワハラなのか?」「どんなパワハラなのか?」などが気になる人は、確認してみてください。1つでも当てはまれば、パワハラです。また、該当するパワハラの型がわかります。
あかるい職場応援団
https://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/check
設問1 どんな嫌がらせを受けていますか?
- 足で蹴られたり殴られたりしたことがある。
- 上司から同僚の前で、無能扱いする言葉を受けた。
- 他の社員との接触や協力依頼を禁じられた。
- 終業間際に過大な仕事を毎回押し付けられる。
- 営業職なのに、倉庫整理などを必要以上に強要される。
- 休みの理由を根掘り葉掘りしつこく聞かれる。
- 該当なし
設問2 過去に受けた嫌がらせは?
- 皆の前で、些細なミスを大声で叱責された。
- 陰口を言われ、悪い噂を流された。
- 一人ではできない量の仕事を押し付けられた。
- 与えられる仕事の件数が他の社員よりも著しく少なかった。
- 不在時に机の上や鞄の中を勝手に物色された。
- 物を投げつけられて、身体に当たった。
- 該当なし
設問3 毎日、恐れていることは?
- 先輩・上司に挨拶しても無視され、会話してくれない。
- 上司から誤った指示があったのに、始末書を書かされる。
- 与えられる仕事は、掃除や草むしりだけ。
- GPS付きの携帯電話で行動を監視される。
- 襟首・腕をつかまれ、説教される。
- 「会社に何しに来てるの?帰れ」と言われる。
- 該当なし
設問4 ミスをしたとき、こんな仕打ちを受けたことは?
- 達成不可能なノルマを与えられる。
- 特定の業務のない部署に異動させられる。
- スマホを勝手にのぞかれる。
- いきなり胸ぐらを掴まれる。
- 「役立たず」「給料泥棒」と言われる。
- 1人だけ別室で仕事させられる。
- 該当なし
設問5 日常化している、嫌な行為は?
- 仕事を何も与えられない。
- 家族や恋人のことをしつこく聞かれる。
- 髪を引っぱられる。
- 毎日「ブス」「ハゲ」と呼ばれる。
- 1人だけ仲間はずれにされる。
- 連日、徹夜仕事を強要される。
- 該当なし
「嫌だな」「もしかしたらパワハラかも」と感じた場合は、まずはチェックをしてみるとよいでしょう。
●行為者へのチェック内容
また同省では上司・管理者向けにパワハラの行為者となる可能性の大きさのチェック項目も提示しています。企業全体でパワハラの防止と早期発見に向け、下記内容の確認を行いましょう。
- 部下や年下の人から意見を言われたり、口答えをされたりするとイラッとする。
- 自分が間違っていたとしても、部下に対して謝ることはない。
- 自分は短気で怒りっぽいと思う。
- 感情的になって、すぐその場で叱っている。 ・厳しく指導をしないと、人は育たないと思っている。
- なんとなく気に入らない部下や目障りと感じる部下がいる。
- 仕事のできない部下には、仕事を与えないほうが良いと思う。
- 業績を上げるためには、終業時刻間近であっても残業を要請するのは当然だと思う。
- 部下が自分の顔色を窺っているような雰囲気がある。
- できる上司は、部下の家庭環境などプライベートな詳細情報まで把握しているものだと思う。
- 学校やスポーツで体罰をする指導者の気持ちは理解できる。
3項目以上該当する場合は、パワハラの行為者になる可能性が大きいと判断できます。雇用主は行為者となりうるマネージャー職を中心に、日頃の行動を再確認させるとともに、パワハラ発生の可能性を抑えるための研修会を実施しましょう。
●「指導」と「パワハラ」との違い
上記の「行為者へのチェック内容」の中にも「指導」という言葉が使われていますが、「指導」と「パワハラ」は、似ているものの異なるものです。
企業として、成果や業績の追求に伴う「指導」と、業務の適正な範囲を超えて苦痛を与える「パワハラ」との違いを社内で考えてみることも必要です。
人事院が公表した「パワー・ハラスメント防止ハンドブック」ではパワハラと指導の違いを下記のように説明しています。
◯目的
【パワハラ】相手を馬鹿にする、自分の目的の達成
【 指導 】相手の成長を促す
◯業務上の必要性
【パワハラ】業務上の必要性がない、必要性があっても不適切な内容や量
【 指導 】仕事上必要性がある、または健全な職場環境を維持するために必要なこと
◯態度
【パワハラ】威圧的、攻撃的、否定的、批判的
【 指導 】肯定的、受容的、見守る、自然体
◯タイミング
【パワハラ】過去のことを繰り返す、相手の状況や立場を考えずに
【 指導 】タイムリーにその場で、受け入れ準備ができているときに
◯誰の利益か
【パワハラ】組織や自分の利益優先
【 指導 】組織にも相手にも利益が得られる
◯自分の感情
【パワハラ】いらいら、怒り、嘲笑、冷徹、不安、嫌悪感
【 指導 】好意、穏やか、きりっとした
◯結果
【パワハラ】部下が萎縮する、職場がギスギスする、退職者が多くなる
【 指導 】部下が責任を持って発言・行動する、職場に活気がある
パワハラのチェックをする際には指導との線引きが議論されるケースが多いので、上記のほか、パワハラに該当する行動の原因や状況を踏まえて総合的にチェックするよう心がけましょう。
●相談時に必要な内容
パワハラについて周知したり、研修を行ったりしていても、パワハラが発生してしまうことがあります。そのような場合、パワハラを受けた人は、一人で悩んでいても解決できません。身近にいる人や、相談窓口に相談することが解決の一歩になるでしょう。
厚生労働省では相談するときに、下記情報を把握することを勧めています。パワハラの事実関係を整理しやすくするため、重要な情報です。
- パワハラだと感じたことが起こった日時
- どこで起こったのか
- どのようなことを言われたのか、強要されたのか
- 誰に言われたのか、強要されたのか
- そのとき、誰がみていたか
「会社の相談窓口」を設けている場合は、上記の情報をしっかりと聞き取るために次のような準備をしておくとよいでしょう。
- 聞き取る情報を項目としてマニュアル化しておく
- 相談窓口の担当者に重要な情報であることを理解させる
●雇用主の対応策 相談窓口の設置
雇用主は、従業員が上司や人事担当者などに相談できるツールを用意する、内部相談窓口を設置して相談しやすい環境を作るということで対応策をとることができます。
○相談ツール
相談ツールのひとつが、「Geppo(ゲッポウ)」です。職場のパワハラや人間関係で悩んでいるときに、従業員はフリーコメントで悩み事や相談内容を送れます。また従業員が相談する相手を選択するのが難しい場合でも、「Geppo(ゲッポウ)」のオペレーターが適切な担当者にエスカレーションするので安心です。
他、相談窓口としては、下記のようなものがあります。
◯内部相談窓口の設置
- 管理職や従業員をパワハラ相談員として選任して相談対応
- 人事労務担当部門
- コンプライアンス担当部門/監査部門/人権(啓発)部門/法務部門
- 社内の診察機関、産業医、カウンセラー
- 労働組合
◯外部相談窓口の設置
- 弁護士や社会保険労務士の事務所
- ハラスメント対策のコンサルティング会社
- メンタルヘルス、健康相談、ハラスメントなど相談窓口の代行を専門に行っている企業
厚生労働省は職場のパワハラに関連する相談機関として下記を紹介しています。
総合労働相談コーナー
https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/soudan.html
個別労働紛争のあっせんを行っている都道府県労働委員会・都道府県庁
https://www.mhlw.go.jp/churoi/assen/index.html
法テラス
https://www.houterasu.or.jp/index.html
みんなの人権110番
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken20.html
かいけつサポート
http://www.moj.go.jp/KANBOU/ADR/itiran/funsou020.html
予算や人員の関係上、運用が難しい企業もあるかもしれませんが、パワハラが企業にもたらす損失は大きなものです。各種ハラスメントは複合的に発生する可能性がありますので、いくつかのハラスメントの窓口を一体的に運営するなど対応策の工夫をしましょう。
■パワハラ被害者を出さないために
パワハラは被害者の人権侵害にとどまらず、加害者、雇用主の3者を巻き込んだ訴訟に発展することもあります。事後の解決に対策の重点を置くのではなく、被害者を出さないための予防体制、チェック体制、運用体制の整備が大切です。