職場におけるモラハラはなぜ、どのようにして起こるのでしょうか。
その具体例と実態や原因を検知・把握するための方法、運用のポイントについて解説します。
モラルハラスメント(モラハラ)は精神的な暴力
- モラハラは暴言や無視など「肉体的な暴力を伴わない嫌がらせ」
モラハラの定義は明確化されていないのですが、一般的には精神的な暴力や嫌がらせ、つまり言葉や態度などによって人の心を傷つけることをいいます。
典型例としてよく挙げられるのが夫婦間・恋人間といったプライベートな関係における行為・被害ですが、職場の人間関係においてもモラハラは起こり得ます。
詳しくは、以下の記事で解説しています。
- 「職場でのモラハラ」と「職場でのパワハラ」は重複する要素が多い
実は、モラハラはパワハラを含んだ広い概念といえます。
パワーハラスメント(パワハラ)も、セクシュアルハラスメント(セクハラ)も、モラハラの一種とされます。
つまり、「職場でのモラハラ」は、「職場でのパワハラ」とかなり重複する要素をもっているのです。
ただし、精神的な暴力であるモラハラに対し、パワハラはその一部に肉体的な暴力も含まれています。
どこまで?どこから?モラハラの具体例
職場でのモラハラと職場でのパワハラ、特にその精神的な暴力の内容については、重なっている部分も多く見られます。
ここでは職場でのどのような言動がモラハラ(行為者の職業上の優位性などがある場合はパワハラとも重複)と見なされるか、具体例を見てみましょう。
- 言葉で被害者を追い詰めるモラハラ
(1)相手の人間性・能力や容姿の否定、その家族への悪口
モラハラ行為者が口にする典型的な暴言をいくつか挙げてみましょう。
「仕事ができない」「使えない」「お前なんてどこへ行ってもダメだ」「自分(行為者)がいないとなにもできない」「何の取り柄もない」「常識がない」「(容姿が)気持ち悪い」「育ちが悪い」「嫁もしつけられない」
モラハラ行為者は自分の優位性を誇示するために、あらゆることをあげつらって被害者をけなし、貶めようとします。
職場においては業務と関わりの深い人間性や能力といった要素がやり玉に挙がりやすい部分もありますが、容姿や家族といった、よりセンシティブな事柄についてもお構いなしで中傷することがあります。
(2)周囲に人がいるところでの叱責の繰り返し、必要以上の長時間の叱責
これらもモラハラ行為者が自分の優位性を示すために取りがちな行動です。
部下の失態を注意・指導する際には人目を避け、冷静にふるまうよう気遣う上司も多いものです。
しかし、行為者は目立つ場所で声を上げて叱責することが当然であり、自分をより立派に見せる行為だと考えているのです。
こうして長い間行為者の支配的な暴言にさらされていることで、被害者は徐々にマインドコントロールされていってしまいます。
(3)本人に聞こえている・伝わるとわかっていての悪口、陰口
モラハラ被害者には自己肯定感の低い人が多いといわれます。
悪口や陰口を聞けば、合理的な根拠がなくても「自分が悪いからだ」と思い込んでしまいがちなのです。
モラハラ行為者はそこにつけ込んで、さらにマインドコントロールしていきます。
また、周囲の第三者に被害者の悪口を聞かせ、一緒になって見下そうとしたり、被害者に「皆から見下されている」という印象を植え付けようとしたりすることもあります。
職場における優越的な地位がなくても、被害者の行動に何かにつけて舌打ちをしたり、被害者や職場に悪い影響を与えることもあります。
- 行動で被害者を追い詰めるモラハラ
(1)職場の人間関係からの切り離し、陰湿な無視
モラハラ行為者は、しばしば被害者の周囲に味方がいない状況をつくろうとします。
同僚とコミュニケーションを取れないように仕向けたり、被害者が不利になるようなあらぬ噂を立てたりして、被害者を孤立させていくのです。
また、自らも応答が必要な場面で被害者を無視するなどして、被害者の自責感を募らせ、さらに追い詰めていきます。
(2)職場外での行動の監視、必要のないプライベートへの立ち入り
休日中にもかかわらず、被害者をいつでも呼び出せるよう居場所を把握しようとしたり、緊急性のない連絡を、さも緊急であるかのように執拗に繰り返したりすることも、モラハラに当たります。
行為者は仕事のために、もしくは被害者の成長のために必要な行為であると思い込んでいますが、実際は職分を超えた拘束です。
(3)長期にわたる業務外の作業
被害者に特段の理由もないまま本来の業務外の作業を延々と担当させ、「自分はこの程度の作業しか任せてもらえない人間だ」という暗示をかけようとします。
少し前に、非道なリストラ策として問題視されたいわゆる「追い出し部屋」も、こうしたモラハラとよく似たところがあります。
- 「言わない」嫌がらせ、サイレントモラハラ
被害者に聞こえるように舌打ちをしてみせたり、わざとらしいため息をついたりし、言外に「被害者のせいで気分が悪い」といったような態度を示す、こうした行為もモラハラです。
言葉の暴力が目立つモラハラに対し、あえて言葉にしないことで嫌がらせをするこうした行為は、「サイレントモラハラ」と呼ばれています。
被害者が行為者の不機嫌をフォローしようと掛け合っても、それを無視することでさらにプレッシャーをかけたりするのです。
モラハラ行為者・被害者の特徴とは
- 行為者は「自分を良く見せるために被害者を利用する」
モラハラの行為者には、実際以上に自分を特別だと思い込むといった特徴をもつ精神障害「自己愛性パーソナリティ障害」に近い傾向が見られるといわれます。
常に他人を「自分より格上かどうか」で振り分け、格上と判断した相手には外面の良さを発揮します。
一方、格下と判断した、特にモラハラ被害者のような相手に対しては見下した態度を取っても当然と考え、平然と嫌がらせをします。
また、モラハラ行為などで自分の優位性を示すために、被害者を近くにおき続けようとします。
格上でも格下でも、自分を優位におくために相手を利用することへのためらいはなく、被害者に対しては、強い言葉や態度を繰り返しぶつけて、マインドコントロールしていきます。
- 被害者は「行為者にマインドコントロールされてしまう」
モラハラ被害者には自己肯定感が低い人が多いといわれます。
たとえば、行為者が自分を優位に見せるために「何の取り柄もないダメな奴だ」と暴言をぶつけると、被害者は自信のなさから「確かに何の取り柄もない」と自分を責めてしまうのです。
行為者はこういった被害者の特徴を利用し、また、孤立させることで自分に依存させようとします。
こうしたある意味行為者にとって都合がいい被害者とは別に、仕事上のライバルや、被害者を助けようとする人など「行為者にとって都合の悪い」人も、邪魔な存在、排除すべき存在としてモラハラ行為の対象になってしまうことがあります。
職場でのモラハラを検知するには?
- モラハラはどのようにして見つけるか
・人事などの担当部署、ハラスメント相談窓口、定期面談などが定番
現在のところ、モラハラは人事などの社内担当部署、または社内または社外に設置した従業員向けのハラスメント相談窓口、人事考課などの定期面談といった場で、被害者本人か、目撃した第三者などの申し出によって見つかるのが一般的です。
・相談や面談での検知には限界も
モラハラの特徴の一つに、行為者から被害者へのマインドコントロールがあります。
行為者が自分の暴力を正当化するため、被害者に「モラハラを受けるのは自分のせいだ」「辛くても我慢しなければ」と思い込ませてしまうのです。
被害者がこの状態にあると、相談や面談の場があったとしても申し出てこないといった状況が起こります。
また、サイレントモラハラのように第三者からの判断が難しいモラハラの場合、被害者が助けを求めたいと感じても、マインドコントロールの影響で「どうせ取り合ってもらえない」とあきらめてしまう可能性もあります。
目撃者による報告も、直接申し出る形式だと個人を特定されるためにかなり心理的ハードルが高くなり、よほどのことでなければ実行できないと思われます。
- 新たなモラハラ検知方法を
・匿名の被害調査は「第三者の報告」「抑止力」が期待できる
アンケートによる匿名の被害調査は、被害者はもちろん、第三者の心理的ハードルも下げることができます。
被害者本人が精神的に追い込まれて自ら助けを求められないような状況でも、第三者の報告によってモラハラを発見できる可能性が高まります。
また、被害調査を行うことで、行為者に向けても「会社はモラハラ行為に対して一定の対応を取る用意がある」とアナウンスし、モラハラ行為を抑止する効果が期待できます。
・パルスサーベイなどで異常を検知し、周囲がフォローする方法も
簡単な質問調査を短いスパンで繰り返す「パルスサーベイ」は、健康状態確認やストレスチェックなど、従業員のコンディションを定期的に把握するために用いられる調査方法です。
パルスサーベイで直接モラハラがあるかどうか調査するのは、調査の性質を考えるとあまり適切とはいえません。
しかし、たとえばストレスチェックの数値が急変しているなど異常が見られる社員に、個別に話を聞く場を設けるといった対応を繰り返す中で、モラハラの発見にもつながっていくことは十分に考えられます。
パルスサーベイについて、詳しくは以下の記事で説明しています。
- いずれの手段も当事者や協力者のプライバシーが守られる形で
モラハラ被害者は、行為者のマインドコントロールによって「自分の味方は誰もいない」「モラハラからの逃げ場はない」「あきらめて行為者に従うしかない」と思い込まされていることが珍しくありません。
そのため、ハラスメント相談中のタイミングで、行為者に相談の事実が知られることを最も恐れています。
実際に「相談者が誰かに助けを求めている」ことを知った行為者は、被害者をより強くマインドコントロールしようとしたり、報復行動をちらつかせて脅したりといった行為に出ることが珍しくないのです。
また、協力者の存在を知ると邪魔者と認定して陥れようとしたり、それが叶わないと、被害者に対してより強いモラハラ行為をはたらいたりもします。
被害を広げないためにも、モラハラの検知やその後の対応は、くれぐれも当事者や協力者のプライバシーを守る形で行うようにしましょう。
職場においてはパワハラと重複する部分も多いモラハラ。顕著な点として、行為者の精神的な特性による影響が挙げられます。
「社会通念を逸脱したモラハラ行為であっても非道と認識できず、自分が正しいと思い込む」こともあるなど、職場や労働といった枠に収まらない、根が深い問題でもあるのです。
モラハラの検知や対策にあたっては、「行為者を懲戒処分すれば解決する」と単純に考えるのではなく、相談者や協力者へのケアも行います。
行為者についてもケアが必要な場合もあります。また、行為者の意識改善には一方的な教育ではなく、腕の良い心理職によるカウンセリングが有用です。
【監修者プロフィール】
山本喜一
社会保険労務士法人日本人事 代表
特定社会保険労務士
精神保健福祉士
大学院修了後、経済産業省所管の財団法人で、技術職として勤務、産業技術総合研究所との共同研究にも携わる。その後、法務部門の業務や労働組合役員も経験。退職後、社会保険労務士法人日本人事を設立。社外取締役として上場も経験。上場支援、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。
著書に『補訂版 労務管理の原則と例外-働き方改革関連法対応-』(新日本法規)、『労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務』(日本法令)、『企業のうつ病対策ハンドブック』(信山社)。他、メディアでの執筆多数。