新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、この数年ですっかり定着したテレワーク(リモートワーク)。
しかし、その普及の影では、テレワークハラスメント(リモートハラスメント)と呼ばれる新たな問題が浮上しています。
テレワークハラスメントを考えるうえで注意すべきポイントは、オフィスワークの場合にはハラスメントを行わないような人が、無自覚のうちに加害者になってしまうケースも多いということ。
知らず知らずのうちに、誰もが加害者になり得るのです。
今回は、職場に深刻な被害をもたらしかねないテレワークハラスメントについて、その事例や原因、予防策などを解説します。
コロナ禍で急増した「テレワークハラスメント」とは?
- テレワークハラスメントの具体例
テレワークハラスメントとは、テレワーク下で発生するパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメントなどの総称です。
ハラスメントに当たるかどうかは、「平均的な労働者の感じ方」を基準として判断されるため、たとえ受け手がダメージを感じていてもテレワークハラスメントとして認められない場合もあります。
しかし、認められるか否かに関わらず、それぞれの立場の社員が配慮ある言動を心がけ、健全なテレワーク環境をつくりあげる必要があるでしょう。
テレワークハラスメントには、主に以下のようなものがあります。
(1)セクハラに当たるもの
容姿などにまつわる不用意な言動は、対面ではなくてもセクハラに該当します。
・在宅中のメイクについて、「すっぴん?ちゃんとメイクしなよ」などと指摘する
・業務に関係のない1対1のビデオ通話やリモート飲み会をするよう求める
・ビデオ通話に映った私物を見て、「彼女と同棲しているの?」と聞く
(2)パワハラに当たるもの
テレワーク下での行き過ぎたマネジメントなどが該当します。
・業務上の必要があるにも関わらず、テレワーク中の残業を禁止し、時間外労働の申告を拒否する
・他の従業員も同席しているWeb会議中に、見せしめのように叱責する
・リモート飲み会を開催し、「どうせ家にいるんでしょ?」と参加を強制する
(3)プライバシーの侵害
自宅でのビデオ通話は相手の私生活が目に入りやすいため、必要以上にプライベートに踏み込んでしまうケースがあります。
・Webカメラの背景を見て「もっと部屋を見せて」「散らかっているね」などと発言する
・Webカメラに映り込んだ家族を紹介するように求める
・「子どもの声がうるさい」「ドアホンは切って」と生活音に必要以上に不快感を示す
(4)ITリテラシーの欠如によるもの
Web会議ツールやチャットツールに対する不慣れさや、ITリテラシーの欠如によってもハラスメントは起こります。
・監視を目的として、Webカメラの常時接続を求める
・頻繁な進捗報告を要求し、少しでも報告が遅れると非難する
・ITツールを使いこなせないスタッフに「そんなものも使えないの?」と指摘する
・Web会議のホストを「部下がやって当たり前」と主張する
このようなテレワークハラスメントは、社内のみならず、取引先など社外との人間関係においても発生します。立場の優位性が生じる場合には、特に注意が必要です。
テレワーク下でのハラスメントはなぜ起こるのか?
- 仕事とプライベートの境界線が曖昧になる
在宅勤務によるテレワークでは、Webカメラ越しに相手の私生活が垣間見えたり、仕事とプライベートの切り替えが難しくなったりします。
そのため、公私の境界線が曖昧になり、相手との距離が近くなったように錯覚してしまうこともあります。
結果として、部下のプライベートに干渉しすぎるといった不適切な言動が起こりやすくなります。
- 働き方のルールが確立されていない
テレワークの普及は、コロナ禍の影響もあって近年急激に進みました。
そのため、従業員がこの新しい働き方にうまく適応できておらず、テレワークハラスメントが起こりやすくなっていると考えられます。
就業規則や会社のルールで定められていない部分は、従業員間に価値観の相違があるまま各々の判断に委ねられるため、一方にその自覚がなくても他方はハラスメントだと感じていたり、実際にハラスメントが発生していたりすることがあります。
以上2点がテレワークハラスメントの発生要因と考えられます。
なお、テレワークハラスメントが発生すると、以下のようなさまざまなリスクが考えられます。
・テレワークで上司や同僚に相談しにくく、一人暮らしなどで相談できる人が近くにいない場合、孤独感で、被害者の精神的ダメージが大きくなる
・被害者が精神的ダメージによって休職や退職に追い込まれる
・被害者の休職や退職により、周囲の従業員の業務負担が大きくなる
・他の従業員が「自分も標的になるかもしれない」と被害を恐れる
・上司や会社への不信感が募り、連鎖的に退職者が出る
・企業イメージが損なわれ、収益が落ちる
このようにテレワークハラスメントは、被害者だけでなく、周囲の従業員やその企業全体にまで悪影響を及ぼす可能性があります。
テレワークハラスメントを防ぐために企業ができること
- ハラスメントに関する研修を行う
ハラスメントが行われていても、加害者側にその自覚がなく、たとえ指摘されても「そんなつもりはなかった」と状況を理解できないケースもあります。
予防のためには、ハラスメント防止研修を行うなどして、どのような行為がハラスメントに当たるのか、なぜ問題なのか、どのように行動すべきなのかといった認識を共有しましょう。
社員同士が意見を出し合い、自分たちに適したルールを自らで構築できれば理想的です。
その際には、正社員だけではなく派遣社員やパートなどの非正規雇用者も含めて、全社で研修を実施しましょう。
マネジメント層については対処方法が異なるため、立場別に研修を行うことをおすすめします。
- ITリテラシー向上のための研修を行う
「カメラで常時監視する」「早急な返信を求める」といったハラスメントは、ITリテラシーが伴わないことから発生しているとも考えられます。
業務プロセスを見直したり、Web会議やチャットツールにおけるビジネスマナーを指導したりすることで、改善が見られる場合もあります。
- テレワークハラスメントに関するルールを明文化する
業務の進め方やコミュニケーションのとり方、プライベートとの境界線のひき方といった、テレワークハラスメントを防ぐためのルールを就業規則などに定め、周知しましょう。
ルールがうまく浸透しなかったり、再び問題が起こったりした場合には、現場の意見を汲んで改善をくり返しましょう。
- すぐに相談できるような窓口を設ける
ハラスメントの相談に対する心理的なハードルを下げておくことも重要です。
相談窓口を設け、その連絡先がすぐにわかるようにしたり、相談窓口を複数設けたりすると効果的です。
- 在宅勤務でも公私を分けられるよう、支給品や手当などを導入
すべての従業員の自宅に、リモートワークに適した設備環境が整っているとは限りません。
たとえば「自宅の部屋数が少なく、家族と同部屋でWeb会議をするしかない」という事情から、会議中に家族が映り込んだり、話し声が聞こえたりするケースもあります。
Webカメラにプライベート空間が映り込まないよう、バーチャル背景の使用を推奨することも効果的です。
また、個々の状況を考慮して、生活音が妨げにならないようマイクやヘッドセットを支給する、自宅近くのコワーキングスペースを会社が用意するといったことも考えられます。
また、在宅勤務手当(テレワーク手当)などを導入する企業も増えています。
- 従業員のストレス状態を細かくチェックする
テレワークハラスメントによるストレス状態を上司が正確にチェックするのは困難です。
なぜなら、そのための調査を部下が監視のように感じてしまったり、判断の際に上司の主観が入り混じったりするためです。
ストレス状態を把握するためには、パルスサーベイやエンゲージメントサーベイなどの組織診断を導入することをおすすめします。
ITツールを用いる外部機関に委託し、従業員が匿名で回答することで、人事担当者の負担を抑えるだけでなく、回答の正確さを担保できます。
テレワークハラスメント予防には、管理職のケアこそが重要
- 「これまでのやり方」が通用しない難しさ
テレワークハラスメントを予防するためには、特に、管理職者に対するケアや教育が重要となります。
優位な立場にある者こそ、テレワークハラスメントの加害者になりやすいからです。
テレワークという新しい働き方においては、教育や管理、コミュニケーションなどさまざまな側面で「これまでのやり方」が通用しなくなります。
だからこそ、適切なやり方を伝授することがハラスメントの予防につながるのです。
- テレワーク下で部下を管理する方法がわからない
テレワークにおける部下との距離感や、指示出しのタイミング、部下に対する行動管理方法などで悩む管理職者は多いようです。
特に管理職者に多い40~50代は、20~30代のデジタルネイティブ世代とは異なり、彼らほどITツールを使い慣れているとは限りません。
そのため、ITリテラシーのギャップがテレワークハラスメントの要因となっている可能性もあります。
また、SNSでは「テレワークでは仕事をサボってもバレない」といった発信も見られるため、そうした情報に触れることが、「Webカメラで部下を監視する」「メッセージの早急な返信を求める」といった言動につながりやすいとも考えられます。
部下の進捗が見えにくいことへの不安から、過度な報連相を求めてしまうのです。
このようにテレワーク下では、上司がマネジメントの一環のつもりで悪気なくやっていることが、ハラスメントになっている可能性があります。
オフィスワークであればハラスメントをするような人ではないのに、テレワークハラスメントの加害者になってしまう……そういったケースが数多く存在しているのです。
「ITリテラシーが必須」「オンラインでの管理が必要」など、これまでのやり方が通用しないテレワーク環境で、部下を管理しようとあの手この手を尽くした結果、ハラスメントを招いてしまう。
それが、多くのテレワークハラスメントの実情ともいえます。
たとえ管理職者であっても、慣れないテレワーク下でわからないことがあるのは当然です。
そのような場合に気軽に相談ができるよう、管理職者用の相談先を設けましょう。
管理職者の上司や人事部などに相談をしやすくなるよう、会社側が体制を整えてください。
また、管理職者は、テレワーク下での業務の進め方などについて、部下から相談を受けることもあります。
そうした際の対応に必要なスキルを研修などで身に付けておくと良いでしょう。
このようにして、テレワークハラスメントにつながるさまざまな問題を管理職者が一人で抱え込むことがないように、適切なケアを行いましょう。
そうすれば、管理職者の心に余裕が生まれ、部下に対して丁寧に接しやすくなります。
それが結果的に、テレワークハラスメントを防ぐためにも有効なのです。
【監修者プロフィール】
山本喜一
社会保険労務士法人日本人事 代表
特定社会保険労務士
精神保健福祉士
大学院修了後、経済産業省所管の財団法人で、技術職として勤務、産業技術総合研究所との共同研究にも携わる。その後、法務部門の業務や労働組合役員も経験。退職後、社会保険労務士法人日本人事を設立。社外取締役として上場も経験。上場支援、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。
著書に『補訂版 労務管理の原則と例外-働き方改革関連法対応-』(新日本法規)、『労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務』(日本法令)、『企業のうつ病対策ハンドブック』(信山社)。他、メディアでの執筆多数。