パワハラよりも範囲が広く、重なる部分があるモラハラ。モラハラの概要を解説するとともに、モラハラ被害によって労災認定される可能性と会社側のリスクについて見ていきましょう。
また、もしも従業員からモラハラの申告があった場合、会社はどのように対応すべきなのでしょうか?
対応方法についても解説します。
職場でのモラハラとは?パワハラとはどう違う?
- モラハラは暴言や無視など「精神的な暴力や嫌がらせ」
モラハラには明確な定義はないのですが、一般的には言葉や態度などによって人の心を傷つける、精神的な暴力や嫌がらせのことをいいます。
典型例としてよく挙げられるのが夫婦間・恋人間といったプライベートな関係での行為・被害ですが、職場の人間関係においてもモラハラは起こり得ます。
詳しくは、下記の記事もご参照ください。
- 「職場でのモラハラ」は「職場でのパワハラ」とかなり近い
実は、モラハラはパワハラを含んだ広い概念といえます。パワーハラスメント(パワハラ)も、セクシュアルハラスメント(セクハラ)も、モラルハラスメントの一種とされます。
つまり、 「職場でのモラハラ」は、「職場でのパワハラ」とかなり近い意味合いをもっているのです。
ただし、精神的な暴力であるモラハラに対し、パワハラはその一部に肉体的な暴力も含まれるとされます。
モラハラは労災になり得る!労災が認定されるとどうなるか
- モラハラでの健康被害は労働災害として認められることも
モラハラ被害者が、モラハラ行為によるストレスなどで健康被害を受けた場合は、労働災害(労災)として申告されることも考えられます。
その場合、以下のような負担や影響が考えられます。
(1)労災申請手続きの負担
・病院に書類を提出、受診してもらう
モラハラ被害者が労災申請を希望した場合、まず労災指定病院などの医療機関を受診してもらうことになります。
受診にあたっては「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」(労災指定病院の場合)、「療養補償給付たる費用請求書(様式第7号)」(その他の病院の場合)を作成・提出しなければなりません。
この際、医療機関には労災申請のための受診であることを伝え、健康保険証は使わないように指示する必要があります。
・労働基準監督署に書類を提出する
労働基準監督署に「労働者死傷病報告(様式第23号)」を提出する必要があります。
(2)労災が認められた場合の負担
・休業3日目までの賃金補償義務
労働者の賃金は、休業4日目からは労災保険で補償されますが、3日目までは企業が平均賃金の6割以上を補償するよう定められています。
・労災保険の保険料が上がる可能性
メリット制が適用されている事業所では、労災の発生により今後の保険料が上がる可能性があります。
・労働基準監督署の介入を受ける可能性
労災の再発防止、発生率低下のために、労災が発生した企業へ労働基準監督署が立ち入り検査を行うことがあります。
こうした負担を嫌って、企業側が労災申請に必要な手続きを行わなかったり、労働者の労災申請を阻んだりして、労災であることを隠すこともあります。
この事実が明るみに出た場合、大きな問題になります。
また、死傷病報告書を提出しないことは労災隠しとなり犯罪行為に当たりますから、発覚すればさらに厳しい処罰を受けることになるのです。
モラハラ労災の認定の要件と基準とは
- 精神障害の労災認定要件に当てはまれば、モラハラも労災認定される
「モラハラは精神的な暴力なので、労災も認められない」と考えていないでしょうか。
厚生労働省は労働者に発病した精神障害についても、要件に当てはまれば労災認定できるとし、以下の3つの「心理的負荷による精神障害の認定基準」を定めています。
つまり、モラハラによって被害者にストレスがかかり、精神障害などを患った場合は、労災認定される可能性も充分あるのです。
(1)認定基準の対象となる精神障害を発病していること
対象となる精神障害は2022年3月現在「ICD-10(国際疾病分類)第5章 精神および行動の障害」に分類されるものとされています。
該当する精神障害は99種にもおよびますが、モラハラで発生する可能性がある代表的な精神障害として「うつ病」「急性ストレス反応」「適応障害」「睡眠障害」などが挙げられます。
(2)精神障害の発病前おおむね6カ月間に、業務による強い心理的負荷が認められること
業務によるモラハラなどの出来事とその後の状況が、労働者にその精神障害を発症させるほど強い心理的負荷を与えたかを要件として評価します。
(3)業務以外の心理的負荷や個体側要因により精神障害を発症したとは認められないこと
家族との関係など、業務と関係のないプライベートな出来事で心理的負荷がかかって発症したものではないか、もしくは精神障害の既往歴などによって発症したものではないかといったことも、慎重に判断されます。
- 「心理的負荷」の具体的な認定基準はパワハラの例が参考に
厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」に加えて、パワハラに特化した評価の具体例も示しています。
前述の通り、職場におけるパワハラとモラハラはかなり近しいため、この認定基準に該当すれば、パワハラとして認定されることになります。
具体例によると、まず個々の出来事の心理的負担の程度を「強」「中」「弱」の3段階で評価します。このうち、精神的な暴力と見られる例を見てみましょう。
上司等による次のような精神的攻撃が「執拗に行われた場合」(強)、「行為が反復・継続していない場合」(中)に当たるとされます。
▸ 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
▸ 必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
出典:
厚生労働省『精神障害の労災認定基準に「パワーハラスメント」を明示します
~ 業務による心理的負荷(ストレス)評価表を明確化・具体化しました ~』
ちなみに「上司等」は、職務上の地位が上位の人だけではありません。
以下のような関係性の人も含まれています。
<同僚又は部下であっても、業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力が得られなければ業務の円滑な遂行を行うことが困難な場合>
<同僚又は部下からの集団による行為でこれに抵抗または拒絶することが困難である場合>
出典:
厚生労働省『精神障害の労災認定基準に「パワーハラスメント」を明示します
~ 業務による心理的負荷(ストレス)評価表を明確化・具体化しました ~』
そして、これら評価の総合認定が「強」であれば、「業務による強い心理的負荷」として認められます。
・行為者の「優位性」も検討される
評価においては上記のような行為自体に加えて、行為者の優位性も検討されます。
行為者が先の「上司等」に当てはまる場合は優位性のある人から受けた「パワハラ」とし、一般的な同僚など優位性のない人の場合は「暴行・(ひどい)いじめ・嫌がらせ」となります。
モラハラの相談はどのように取り扱うべきか
- まず聞き取りによる事実確認を行う
・関係者のプライバシーに配慮しつつ、事実関係を迅速に確認する
相談は、「モラハラが発生したか事実確認ができていない」状態から始まります。
相談者(被害者)はもちろん、協力者や、行為者(加害が疑われる人)のプライバシーも守る配慮が必要です。
相談者の話を聞き、訴えている内容が整理できたら、相談者の了解を得たうえで目撃者など第三者の話も聞き、迅速に事実確認を行いましょう。
行為者に聞き取りを行うのは報復行動などのリスクが伴いますが、中立を期するためにも、状況を見て実施しましょう。
- 「証拠を残す」ことがポイントに
・相談者と行為者の話が食い違うことが多い
モラハラ相談では、相談者(被害者)と行為者の事実認識にそもそも隔たりがあり、話が食い違ってしまうことも大いに考えられます。
記録などがあれば、利用目的を明確にし、本人の許可をもらい、提出してもらうと良いでしょう(メールの記録、本人のメモなど)。
・相談の記録や証拠も残しておく
相談を受ける側としては、事前に了解を取って相談の会話を録音する、文書で相談の内容をまとめる、複数名で対応するなど、相談自体の記録や証拠も残すように心がけましょう。
録音は相談者にとって抵抗があることも多いので、状況によります。
相談者や行為者が職場の相談窓口の対応に不満をもった場合、職場を被告として責任を問う訴訟を起こすこともあります。
こういった場合に「担当者が適切に対応した」という記録が活かされます。
・相談者と行為者を引き離し、措置を検討する
事実確認の結果、モラハラ(セクハラやパワハラ)があったと認められる場合は、就業規則やハラスメント防止規程などの規定により加害者(行為者)の処分や再発防止のためのフォローを検討・実施し、また相談者や協力者へのケアも行います。
併せて行為者について、意識改善のためのカウンセリングが必要です。また、行為者についてもケアが必要な場合もあります。
モラハラ(セクハラやパワハラ)に該当しないとしても、適切ではない言動であることもあります。
また相談者のメンタルへの影響も考慮し、必要に応じて配置転換も検討します。
しばらくの間、双方の見守りなどフォローに努めましょう。
- 解決後のフォローも重要
・再発防止策を実施し、見直しも定期的に
モラハラ対策は、当事者の問題を解決するだけで終わりではありません。
今回の問題は解決しても、いつまた同じようにモラハラ行為が行われるかわからないのです。
もちろん、現在までモラハラでのトラブルが起こっていない場合でも同様です。
モラハラ対策は組織の問題として考え、職場の環境改善やハラスメント研修などの再発防止策をまとめ、対策を実施しましょう。
研修はこれをしたらだめという内容では効果がありません。
立場や視点を変えたり、相手はどう思うのか?というような考えさせる内容が必要です。
また、対策は一度きりではなく、定期的な見直しを行っていくことも重要です。
「厳しいことを言う上司」や「意地悪なことをする同僚」は、映画やドラマなどにもたびたび出てくるように、大体どこの職場にでもいるものです。
しかし、その厳しい言葉や意地悪な行為が労働者の心の健康を蝕むようなものである場合は、労働者を守り、職場環境を改善するために会社が毅然と対応する必要があります。
できる限りモラハラが問題化する前に、あらかじめ予防策に取り組んでおきたいところです。
【監修者プロフィール】
山本喜一
社会保険労務士法人日本人事 代表
特定社会保険労務士
精神保健福祉士
大学院修了後、経済産業省所管の財団法人で、技術職として勤務、産業技術総合研究所との共同研究にも携わる。その後、法務部門の業務や労働組合役員も経験。退職後、社会保険労務士法人日本人事を設立。社外取締役として上場も経験。上場支援、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。
著書に『補訂版 労務管理の原則と例外-働き方改革関連法対応-』(新日本法規)、『労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務』(日本法令)、『企業のうつ病対策ハンドブック』(信山社)。他、メディアでの執筆多数。