社員がセクハラを起こした場合、人事として考えられる対策にはどのようなものがあるのでしょうか。
専門家監修のもと、今回はセクハラの定義とそのセクハラを理由として被害者が退職する場合に起こりうる事態への対応策について解説します。
セクハラの定義とは?
- そもそもは「セクシュアルハラスメント(性的いやがらせ)」の略語
セクハラとは「セクシュアルハラスメント」の略語です。
性的いやがらせ、特に職場や学校などで行われる性的・差別的な言動をいい、具体的には次のような例が挙げられます。
(1)性的な内容の発言の例
性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(噂)を流布すること、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、個人的な性的体験談を話すことなど
(2)性的な行動の例
性的な関係を強要すること、必要なく身体へ接触すること、わいせつ図画を配布・掲示すること、強制わいせつ行為、強姦など
出典:
厚生労働省 『妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント)』
- 職場におけるセクハラは法でも規定されている
日本国内では「男女雇用機会均等法」で、職場におけるセクハラがどのようなものであるか規定されています。
そこでは、労働者の意に反して性的いやがらせが行われることに加え、下記の2パターンのような状況が起きることも「セクハラ」に含まれます。
(1)環境型セクハラ
性的嫌がらせで職場の環境が不快なものとなったため、労働者が就業するうえで見過ごすことができない程度の支障が生じること。
(2)対価型セクハラ
性的嫌がらせを拒否したことで解雇、降格、減給などの不利益を受けること。
参照:
厚生労働省 あかるい職場応援団 「ハラスメントの類型と種類」
セクハラと判断される基準は?誤解されやすいポイントとは
セクハラの当事者は「職場組織の正職員」だけとは限らない
職場におけるセクハラについて誤解されやすいポイントの一つに「法律で守られるのは職場組織の正職員だけで、セクハラも職場組織の正職員から正職員へ行われたケースでなければ認められない」といったものがあります。
実際には、セクハラの当事者(行為者・被害者双方)は、契約社員、パート、アルバイトも含めたすべての労働者が含まれます。
職場組織もいわゆる企業や官公庁だけではなく、学校や病院といった組織も含まれます。
さらにいえば、組織を超えて起こったセクハラも、職場におけるセクハラに含まれます。
たとえば「営業職の社員が、顧客から新規契約と引き換えに性的な関係を強要された」「派遣社員が、派遣先企業の従業員から性的指向をからかわれた」といった例も職場におけるセクハラです。
- セクハラにおける「職場」はいわゆる「オフィス」だけとは限らない
職場におけるセクハラについて誤解されやすいポイントには「職場とは、職場組織のオフィスのみを指す」というものもあります。
実際には、業務に関連する場所の多くが「職場」として認められます。
たとえば取引先のオフィスや店舗、打ち合わせの場、出張先、取材先、業務で使用している車の中なども「職場」に当たります。
さらに、社内や取引先などと親睦を深めるための会食場所も、その会食が業務の延長に当たると認められれば「職場」となります。
- セクハラの被害者は「女性」だけとは限らない
職場におけるセクハラについて特に誤解されやすいポイントが「行為者は男性、被害者は女性であり、それ以外のケースはセクハラに当たらない」といったものです。
確かにこれまでに報道されたり、社会問題として取り上げられたりしてきた事例では、行為者が男性、被害者が女性というケースが目立ちます。
しかし、女性から男性へセクハラに当たる言動が行われた場合でも、同性同士でセクハラに当たる言動が行われた場合でも、それは「セクハラ」に該当します。
- セクハラは性的欲求を伴うものだけではない
セクハラが起きてしまう背景として誤解されがちなのが「セクハラは行為者の性的欲求を満たすためだけに行われる」というものです。
しかし、実際のところ性的欲求と関連の薄い言動でも、セクハラに当たる例は少なくありません。
たとえば「男らしい」「女らしい」といった、固定的な性別役割分担意識を押し付ける行為や、それに基づいた暴言もセクハラに当たります。
「育児は母親が行うもの」と決めつけ、男性社員の育児休暇取得を認めないことなども、セクハラの一種です。
また、性的マイノリティ(LGBTQ)を揶揄する言動などもセクハラになり得ます。
こうしたハラスメントは、Sexual Orientation(性的指向)、Gender Identity(性自認)の頭文字を取って「SOGI(ソジ)ハラ」とも呼ばれています。
セクハラ問題を解決しないとどんなことが起こりうる?
- セクハラ行為者に起こりうること
(1)懲罰、賠償、信用失墜の対象になる
セクハラ被害者が内部告発を行い、組織内でセクハラと認められた場合は、行為者が就業規則やハラスメント防止規程に基づき、懲戒処分を受けることがあります。
また、セクハラ被害者が行為者を被告として、健康被害などの損害賠償を求める訴訟を起こすこともあります。
事態が拡大し、セクハラ問題を起こしたことが知れ渡れば、社会的信用を損なうことにもつながります。
(2)法に触れる場合は懲戒解雇や懲役刑などの可能性も
被害者が警察へ被害を届け出て、行為者のセクハラ行為が暴行罪や傷害罪、強制わいせつ罪などの犯罪行為に当たると判断された場合、懲戒処分の最も重いものとして組織から懲戒解雇されることもあります。
もちろん犯罪行為として裁かれれば、罰金や懲役刑などに処される可能性も出てきます。
(3)明確なペナルティがなくても不利になりやすい
セクハラが法に触れる行為とは判断されなかった場合でも、行為者にとって不利になる状況は避けられないでしょう。
職場での立場が悪くなったり、業界で噂となることも考えられます。
- セクハラ被害者に起こりうること
(1)業務への支障、健康被害
セクハラは被害者にとって大きなストレスになりますし、対価型セクハラの場合は行為者が直接業務を妨げる可能性もあります。
組織の対応が遅れると、業務への支障や、被害者の心身の健康被害が拡大しかねません。
組織による行為者の処分や、警察の対応などが間にあわない場合、やむを得ず退職してしまうケースも考えられます。
(2)行為者に訴えられることもある
セクハラ被害者に起こりうるのは、セクハラ行為による損害だけではありません。
被害者がセクハラを告発し、行為者が無実を主張した場合は、「セクハラ告発によって名誉を傷つけられた(名誉毀損)」として、被害者を被告とした訴訟を起こされることもあります。
- セクハラ当事者の所属組織に起こりうること
(1)責任を問われる、信用を損なう
セクハラは当事者同士の問題に見えがちですが、所属組織も無関係ではありません。
セクハラが原因で業務や取引に支障が生じた場合、組織が行為者の使用者責任を問われたり、安全配慮義務違反を問われたりする可能性があります。
また、セクハラ行為に対する組織の対応いかんでは、従業員の信頼を損なうことにもつながりかねません。
(2)行為者に訴えられることもある
セクハラの告発を受けて組織が対策や処分を行ったものの、行為者が無実を主張する場合、名誉毀損による損害賠償や懲戒解雇の無効などを求めて、組織を被告とした訴訟を起こされることもあります。
(3)社会的制裁を受ける可能性も
セクハラ行為が報道されるような事件となった場合、行為者だけでなく、組織の体質も問われることは免れません。
対応次第ではさらに追及を受け、いわゆる炎上につながることもあります。
そこまでには至らなくても、転職口コミサイトやSNSでセクハラ行為が暴露されれば、採用活動に影響するなどの社会的制裁を受ける可能性もあります。
セクハラ対策として人事が取るべき対応は?
- 「事業主が雇用管理上講ずべき措置」がある
職場におけるハラスメントを防止するために、事業主が雇用管理上講ずべき措置が、厚生労働大臣による指針で定められています。
セクハラについては、セクハラ指針(事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針)が公表されています。
つまりセクハラ対策は事業主の義務なのです。どういった措置が必要なのか見ていきましょう。
①事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発。
②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備。
③職場におけるセクシュアルハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応。
④①から③までの措置と併せて、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。
また、セクシュアルハラスメントの相談などを理由として、解雇その他不利益な取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。
参照:
厚生労働省『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)【令和2年6月1日適用】』を基に作成
かみ砕いていうと、
・「会社はセクハラを許さない」というメッセージを周知する
・あらかじめ「セクハラが判明した場合どう対応するか」を周知する
・セクハラに関して相談できる窓口を設ける
・セクハラの相談に対しては事実確認や当事者への対処、再発防止策を取る
・当事者のプライバシーを守り、相談者に対して相談を理由に不利益な取り扱いをしないと定める
といった措置が必要だということです。
- 相談窓口での対応は?
ハラスメントに関する相談対応の窓口でも、やはりこの「事業主が雇用管理上講ずべき措置」の内容にのっとって対応することが望ましいでしょう。
順を追って見ていきましょう。
(1)相談対応
まず相談者に、プライバシーは必ず守られること、協力者などにも不利益はないことを伝えましょう。
また、複数名で対応し、誠意をもって話を聞きましょう。
軽微に感じられる内容でも、深刻な問題が潜んでいることもあります。
(2)事実関係の確認
相談者の了解を得たうえで、行為者に事実を確認します。
確認の際は中立な立場を心がけましょう。
意見が一致しない場合には、第三者にも事実確認を行います。
セクハラが発生した日時、場所、状況などの記録、メールなどの記録があれば窓口側でも保存します。
(3)取るべき措置の検討・実施
被害状況や事実確認結果と、就業規則や判例などを踏まえて措置を検討し、実施します。
個人間の問題として当事者の措置で終わらせるのではなく、組織の問題として再発防止策まで検討しましょう。
たとえセクハラの事実がなかった場合でも、環境改善や予防に取り組みたいところです。
(4)行為者・相談者へのフォロー
相談者に、組織が今回の問題に対してどのように取り組んだかを説明し、理解を得られるようにします。
同時に行為者へ対しても、処分などの措置をもって終わりとせず、再び問題を起こさないようにフォローをしていきます。
(5)再発防止策実施
(3)で検討された再発防止策の実施はもちろん、定期的な見直しや研修の実施、メッセージの発信などで再発防止に取り組んでいきます。
セクハラにおいて最も問題があるのは行為者であることは確かですが、行為者を抑止できず、被害者を守ることができなかった職場環境にも責任の一端があるといえます。
セクハラは組織の問題であることを意識して、相談が発生してからではなく、予防から取り組むことを心がけていきましょう。
【監修者プロフィール】
山本喜一
社会保険労務士法人日本人事 代表
特定社会保険労務士
精神保健福祉士
大学院修了後、経済産業省所管の財団法人で、技術職として勤務、産業技術総合研究所との共同研究にも携わる。その後、法務部門の業務や労働組合役員も経験。退職後、社会保険労務士法人日本人事を設立。社外取締役として上場も経験。上場支援、メンタルヘルス不調者、問題社員対応などを得意とする。
著書に『補訂版 労務管理の原則と例外-働き方改革関連法対応-』(新日本法規)、『労働条件通知書兼労働契約書の書式例と実務』(日本法令)、『企業のうつ病対策ハンドブック』(信山社)。他、メディアでの執筆多数。