政府が主導で行っている「働き方改革」の実行計画にも記載され、注目が集まっている「メンタルヘルス」。企業においても従業員のメンタルヘルスの状態をしっかりと把握して、適切な対策が必要と考えられています。しかし、実際にはどのような対策を取ればいいのでしょうか。
今回は企業におけるメンタルヘルス対策の必要性や、具体的な対策方法についてご紹介します。
■メンタルヘルスが重要性を増してきた背景と現状
少子高齢化により労働力人口が減少するなか、「人生100年時代」とも言われ、さまざまな働き方を選択しながら健康に働くことが注目されています。企業でも、「健康経営」が叫ばれ、従業員のメンタルヘルス対策を考えて、職場の環境を整えたり、制度づくりを進めたりすることが重要となっています。
メンタルヘルスが注目されている背景や目的、現状などについて詳しく見ていきましょう。
●メンタルヘルスとは
メンタルヘルスとは、「心の健康」のことであり、社員がいきいきと前向きな気持ちで働ける状態のことをいいます。「心が健康である」ということは、前向きな気持ちを保ち、意欲的な状態で職場に適応でき、いきいきとした生活を送っている状態のことを指します。
●メンタルヘルスが重要性を増してきた背景
メンタルヘルスに関する適切な取り組みが必要であると企業で考えられるようになったのは、「過労死」だけではなく、「過労自殺」も労働災害認定されることが増えたためです。1999年の労災認定以後、過労自殺の件数は年々増加しています。特に、リーマンショック以降、社員一人あたりに過重な労働負荷がかかるケースが増えました。
これらを改善するために、企業ではメンタルヘルス対策が重視されています。また、いきいきと働く従業員が増えることで、社内に活気があふれ、生産性も高まると言われています。
●企業の現状
従業員は非常に大きなストレスを受け、心身に問題を抱える従業員も増えました。厚生労働省では、過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレスが原因で発病した精神障害の状況について、労災請求件数や労災保険の支給決定件数など取りまとめています。
平成29年度「過労死等の労災補償状況」における、平成25年から平成28年までの精神障害の労災補償状況を見てみると、「精神障害」の請求件数や支給決定件数も、「自殺」の請求件数や支給決定件数も、年々増加傾向にあると言えます。
労災が認定されているということは、裏を返せば、企業に問題があるということを指摘されているのです。いまや、メンタルヘルスについては、企業や経営者の重要な課題と言えるでしょう。
このような背景をうけ、大阪商工会議所が主催する「メンタルヘルス・マネジメント検定試験」の受験者も増えています。
同検定試験は、働く人たちの心の不調の未然防止と活力ある職場づくりを目指して、職場内での「人事労務管理スタッフや経営幹部」、「管理監督者(管理職)」、「一般社員」という役割に応じて必要なメンタルヘルスケアに関する知識や対処方法を習得し、その知識が身についているかを見るものです。
管理監督者(管理職)を対象とするⅡ種(ラインケア)と、一般社員を対象とするⅠ種(セルフケア)は、2013年以降、急激に受験者が増えており、従業員も「メンタルヘルス」に注目しているということがうかがえます。
●メンタルヘルス対策の目的と効果
従業員がメンタルヘルス不全になってしまうと、その従業員の健康面での影響でなく、ほかにも影響が出てきます。メンタルヘルス対策を企業が行うべき目的とその効果を見てみましょう。
・社員のモチベーション、活力の向上
メンタルヘルス不調になると、社員の仕事に対するモチベーションや活力が低下してしまいます。このような雰囲気になると、次第に職場内の雰囲気が悪い方へ伝染していく恐れがあります。職場内のモチベーション向上と、活力アップのためにも、適切なメンタルヘルス対策が必要となるのです。
・職場の生産性低下の防止
独立行政法人労働政策研究・研修機構が平成23年に発表した「職場におけるメンタルヘルスケア対策に関する調査」の結果によると、メンタルヘルスの問題と、生産性の低下や重大事故といった、企業のマイナスのパフォーマンスとの関係について約9割(86.2%)の事業所が、関係があると回答をしています。
メンタルヘルスが不調になると、意欲的に働けなくなります。休まずに職場に来ていたとしても、積極性や自主性に影響が出るので、生産性は大きく低下することが懸念されます。
しかし、メンタルヘルス対応を適切に行うことで、意欲的に働ける社員が増え、生産性が向上する結果につながります。プレジデント社は、ベイン・アンド・カンパニーと共同でアンケートを実施し、モチベーションと生産性の関係について調査しました。その結果、「やる気溢れる」社員は、単に「満足している」社員に比べて2.3倍ものパフォーマンスを発揮するということがわかりました。
・離職率の低下
平成25年6月に発表された独立行政法人労働政策研究・研修機構の「メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立支援に関する調査」の結果によると、病気休職制度利用者の退職率の平均値は 37.8%であり、疾病別に見ると、「がん」(42.7%)がもっとも高く、次いで「メンタルヘルス」(42.3%)、「脳血管疾患」(41.6%)となっています。企業が従業員のためのメンタルヘルス対策を行うことで、離職防止となるのです。
・事故やトラブルへのリスクマネジメント
メンタルヘルス不調に陥ると、注意力の低下がみられるといわれています。特に車の運転を行うことがある場合は、事故やその他のトラブルに巻き込まれるリスクが高くなると懸念されます。メンタルヘルス対策を行うことで、リスクマネジメントになると考えられます。
企業がメンタルヘルス対策を行うことで、従業員がモチベーションを上げて働くことにつながり、ひいてはパフィーマンスや生産性アップに貢献すると言えそうです。さらに、従業員も会社を辞めることなく長く働くことができ、良い循環が生まれます。
■企業ができる従業員のメンタルヘルス対策
日本では、こころの不調を訴える人が増えています。また、現段階では、精神疾患に該当しない人であっても、将来的に精神疾患を発症する可能性がないとは言い切れません。厚生労働省「患者調査」では、精神疾患を有する患者数は平成26年の時点で約392万人、過去の3年で比べると70万人が増え、過去最高となっています。
企業は、すでにメンタルヘルス不調に陥っている従業員のケアだけではなく、不調予備軍である従業員の予防も必要です。ここからは、企業として必要なメンタルヘルス対策について、考えてみましょう。
●企業に課せられている「安全配慮義務」
従業員が生命や身体等の安全を確保しつつ、労働できるよう企業が配慮すべきというのが「安全配慮義務」です。メンタルヘルス不調によって事故を起こさないような職場環境はもちろんのこと、そもそも不調を早期発見できるような体制を構築して、社員の安全を確保する必要があります。たとえば、「相談窓口を設ける」「業務軽減措置を講じる」などの対策が該当します。
●メンタルヘルス不全者への対応
メンタルヘルス不全者が出てしまったら、企業としては回復するためのサポートが必要になります。
○人事裁量権の範囲でのサポート
過重業務が原因のメンタルヘルス不調や、部署内での人間関係、上司のパワハラなどが原因のメンタルヘルス不調の場合、同じ仕事を続けたままであったり、同じ職場にいたままであったりすれば、従業員の回復を見込むのは難しくなります。従業員本人の了解を得たうえで、人事担当者や上司はサポートする必要があります。具体的には、次のようなサポートを行います。
- ミッション変更や部署移動
- 勤務時間の変更(短時間勤務)
- 軽作業や定型業務への従事
- 残業・深夜勤務の免除
- 交代勤務から日勤への転換
- 危険・運転・窓口・苦情処理業務の免除
- 目標設定の手伝いと振り返り
○休業・職場復帰支援
心の健康問題で休業し、復帰しようとしている従業員がいる場合、円滑に職場復帰するには、人事担当者が休業から復職までの流れを作成しておくことが必要です。具体的には、職場復帰プログラムの策定や関連規定の整備を行います。
- 休業
メンタルヘルス不調を患っている従業員は、十分な休養が必要です。医師による診断のうえ、休業することになります。従業員や産業医と相談をして対応します。 - 復職支援(休職期間中の従業員の職場復帰支援など)
人事担当者は、従業員が休業するにあたり、必要な事務手続きや職場復帰支援の手順を説明します。従業員が病気休業中に安心して療養に専念できるように、「疾病手当金などの経済的な補償」「不安、悩みの相談先の紹介」「公的または民間の職場復帰支援サービス」「休業の最長(保障)期間」などの情報提供での支援を行います。 - 職場復帰後のケア(短時間勤務、出張制限など)
長期休職している社員の中には、そのまま退職してしまう人もいますが、職場復帰したいと思っている従業員も多くいます。人事担当者は、従業員がスムーズに復帰できるようにバックアップ体制を整えておく必要があります。
いよいよ職場復帰となったら、いきなりフルタイムで働かせるのではなく、まずは短時間勤務をさせるなどの対策が必要となります。また、出張なども極力控えて制限し、周りの同僚の理解を得てサポートへの協力をしてもらい職場復帰をさせるようにすることが大切です。
●メンタルヘルス不全者を出さないための対策
健康な社員でも負荷のかかる仕事を続けていると、メンタルヘルスに不調を感じることがあります。企業では、メンタルヘルス不全を未然に防ぐ対策を行うことも大切です。具体的には、次のようなことを対策として行います。
- 従業員の日頃の行動様式とのズレに着目
- 上司との定期的な面談
- 勤怠管理
- 休みを取りやすい環境をつくる
- 社員旅行や宴会など、社員同士の交流の場を設定する
- 社員のストレスチェックの実施
勤怠管理や、密なコミュニケーション、上司との定期面談の実施により、メンタルヘルス不調の早期察知が可能となります。日頃の行動様式とのズレに気づいた場合は、早めに対策を講じることが重要です。また、50人以上の労働者がいる会社の場合は、1年に1回以上ストレスチェックの実施が義務付けられています。有効に活用して、早期発見・解決を目指すようにしましょう。
適切な対策でメンタルヘルス不調を予防
近年、メンタルヘルス不調に悩むビジネスパーソンは増加傾向にあります。企業は、不調に陥った従業員に対して適切な支援や対応が必要となります。また、メンタルヘルス不調者がいなくても、メンタルヘルス不調を引き起こさないような職場環境も整えていかなければなりません。今回、ご紹介したポイントを参考にして、ぜひ働きやすい職場環境を構築してください。