近年、社会全体で少子化対策・子育て支援を後押しする流れが加速しています。出産・育児に向かう社員にどう対応するかは、人事として考えておかなければならないテーマです。
また、会社の人事制度を運用している人事の振る舞いは、従業員にとって会社の印象にもつながります。今回は、社内の仲間が安心して働き続けられる会社だと思えるように、人事が気をつけるべきことを考えていきたいと思います。
①職場の全員が注目する人事の振る舞い
立場上、いろいろな社員から働き方の相談を受ける機会が多い人事という仕事。その対応や振る舞いは、相談をしてきた本人だけでなく、周囲のメンバーの目にも映っています。1対1の相談に対応するときでも、周囲に伝わる・広まるという意識を持たなくてはなりません。
たとえば産休の取得を希望している女性社員から、「職場でどう切り出して良いかわからない」と相談されたらどうするか。また、「男性の部下から育休希望の申請があったがどうすれば……」と悩む上司から相談があったらどんな言葉を返せばいいのか。
目の前の相手への対応が、チームや会社全体で働くメンバーにも影響を与えることを意識すれば、その対応は変わってくるはずです。特に出産や子育てといったデリケートな、しかしライフサイクルのなかで避けては通れない相談事を受けたときには注意が必要です。
●産前産後休業・育児休業は労働者の権利
産前産後休業(産休)と育児休業(育休)を取得することは、法律によって定められている労働者の権利です。自身もしくは配偶者が子どもを出産する際、また、出産後の子育てを行う際、希望に応じて休業を取得することができ、雇用主はこの申し出を拒むことはできません。
つまり、「法定の産休/育休を取得したい」という申し出があった場合、その希望を受理しなければ法律に違反することになります。この点は自分自身が正しく認識しておくだけでなく、人事として社内の管理職にも周知しておくべきでしょう。
こういったアナウンスからも、社内の仲間に「ウチの人事(ひいては会社)は出産や子育てに対して理解がある」という印象を持ってもらうことにつながるでしょう。
②活躍している社員が長く働き続けられるように
人事として最も注意すべきは、産休や育休によって優秀な社員が一定期間仕事から離れてしまうことではなく、産休や育休を機に退職してしまうことです。産休・育休で一時的に不在になることにとらわれるあまり、社員の心が離れていくような対応をしてしまっては本末転倒です。
また、退職しない場合でも、出産・子育てを経験した女性が以前のように仕事に時間をかけられないという事態も発生します。復帰後に休業前と同じ役割を担えないという事態は珍しくなく、一度仕事を離れた女性から活躍の機会や出世の道を奪う「マミートラック」と呼ばれる問題も生まれています。
そうしたなか、企業が独自の制度を作り、女性活躍を支援しようとする動きも広まっています。たとえば情報サービス大手のサイバーエージェントは、「macalon」という「あえて目立たない」女性活躍支援制度を設けています。
●macalonとは
女性が出産・育児を経ても働き続けられる職場環境の向上を目指して、8つの制度をパッケージ化した独自の女性活躍支援制度。「ママ(mama)がサイバーエージェント(CA)で長く(long)働く」という意味が込められているといいます。
女性従業員が取得する休暇を、利用用途がわからないようにし、取得しづらさを排除する「エフ休」や、妊活支援、子育て支援、ママ同士の交流支援など、複合的に女性活躍を支援しています。
特に「エフ休」については休みの理由をあえて「不透明」にすることで利用しやすくしている点が、これまで多くの企業が行ってきた女性活躍支援制度と異なるところでしょう。
▼画像出典およびmacalonについての詳しい情報は下記をご覧ください。
https://www.cyberagent.co.jp/way/info/detail/id=20350
●男性の産休・育休
また、近年、男性の産休・育休も取得が推進される動きがあります。冒頭で触れた給付金制度の給付率の増額といった制度整備に加えて、小泉環境相の育休取得についての話題も世間の注目を集めました。
小泉環境相は当初、「制度だけではなく空気を変えていかなければ育休を取得する公務員も増えていかない」と語り、育休の取得を表明。これに対し、菅官房長官は「官民問わず男性の育児参加の促進に良い影響を及ぼすことを期待したい」と後押しをしました。
その後育休から復帰した小泉環境相は、「取ってよかった。世の中のお母さんはすごいと心から感じている」と心境を吐露。育休中はお風呂やおむつ交換、ミルクづくりを担当したとし、「『休む』という言葉が入っているが、全然休みなんかではない。公務と危機管理、育児を両立したい」と語りました。
これに対し、安倍首相から「大変だろうと思うが、とても尊い経験だ。社会全体で子育てを応援する機運を盛り上げるのが不可欠だ」とコメントがあるなど、国のトップから男性の子育てに対する意識変革が始まっています。
▼一部コメントの出典および小泉環境相の育休についての詳しい情報は下記をご覧ください。
■日本経済新聞「小泉環境相が育休取得 第1子誕生後の3カ月で14日分」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54401450V10C20A1EAF000
■日本経済新聞「小泉環境相「育休取ってよかった」」
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54992980Z20C20A1PP8000
③産休・育休への送り出し方、迎え方
このように今や産休・育休は女性・男性問わず、子供を授かる社会人が自然に取得すべきものへと認識され始めています。それぞれの休業はいずれ終わるもの。大切なのは終わるときに「職場に帰りたい」と思ってもらうことであり、産休・育休に向かう仲間が安心できるように応援する姿勢を示すことです。
しかし、産休・育休取得者に会社にとって重要な存在だと伝えるとき、「あなたがいなくなるとチームが困る」というようなプレッシャーになる言い方をすべきではありません。「私たちは大丈夫。帰りを待っています」とまっすぐ伝えるほうが、送りだされる仲間は自分自身のことにポジティブな気持ちで集中できるでしょう。
また、帰ってきたときにはできる限り、もともとの担当業務を担ってもらうようにしましょう。企業が成長・変化をしている間、帰ってくる人はその場所を離れたタイミングで時間がとまっています。もともとの仕事が担当できないことで「自分はもう必要ない」、「一度離れたせいで」と感じてしまう恐れがあります。
ライフスタイルや労働時間への配慮は必要ですが、スキルを活かせない役割では「帰ってきてよかった」とは思えないでしょう。異なる仕事を任せる場合は、その仕事がもともと担当していた仕事と同様に重要な仕事であることを説明し、納得したうえで取り組めるようにすることこそが人事の役割です。
④チームメンバー全員に見せるつもりで産休・育休希望者と接する
上記のような産休・育休の取得時・復帰時の対応を見ているのは、目の前の相手だけではありません。メンバーが直属の先輩や親しい同僚を伴って相談に来るかもしれませんし、その場にはだれもいなくとも、人事の振る舞いはいつの間にかチーム全体・組織全体のメンバーに伝わるものです。
1人に対して冷たい対応や不誠実な対応をした場合、その姿は周囲から「自分もあんなふうに対応されるのかも」という印象を与えます。社員は自分自身に対する対応だけではなく、他の人に対する人事の姿を見て「ここで長く働き続けられるのか」を考え、判断するということを意識すべきです。
逆をいえば、目の前の社員1人に対して誠実に接することは、社内の全員に誠実に接することであり、相談相手の話を親身になって聞くことは、従業員全員に寄り添う姿勢につながるのです。
人事は会社の人事制度を体現する存在です。その役割を担う以上、自分の対応が「あの人は」ではなく、「この会社の人事制度は」というイメージとして、組織全体に認識されるということを忘れてはなりません。
⑤まとめ
今回は産休・育休の話題をベースに人事の振る舞いについて、フォーカスしました。人事は組織の構成メンバーでありながら、会社の規則に準じて社内の人材を評価し、機能させる存在です。人の動きに関わる役割を担うため、社員の様々な側面を知り、多くの個人情報に触れます。
だからこそ、人事という役割は信頼なくして務まりません。そして社員は人事の決定・言動を、会社の決定・言動として捉えます。人事の振る舞いによって、「この会社は安心して働き続けられる場所か」を判断するのです。
人事は社内の仲間と接するうえで、自分を通じて会社が見られているということを常に意識しなくてはなりません。そのような考えを持つことで、会社と従業員の双方に対して、好影響を与えられる存在になれるのです。